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2022年3月31日【オピニオン】

「ウクライナ問題」と「カルロス・ゴーン問題」

熊澤啓三

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2022

– MOBILITY INSIGHT –
本記事は平素、雑誌版に上稿頂いている識者によるNEXT MOBILITYの連載コラムです

 

ロシア・プーチン政権が引き起こしたウクライナ危機には、唖然を通り越して怒りと悲しみを覚える。本コラム掲載記事号が発行される時の状況は全く予断を許さないが、少なくとも明るい未来に繋がる進展があることを切に願っている。(熊澤 啓三 アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント)

 

日本や欧米諸国の政府メッセージやメディアの論調では、ウクライナ危機の根源は“プーチン政権の暴走”にあるとされている。その違法性は国際的には明白であるようだ。そうした背景等もあり、現地時間3月2日に開催された国連総会緊急特別会合での「ロシア非難決議」が、賛成141、反対5、棄権35という圧倒的多数で採決された。この結果は、ロシアに対する非難認識が世界中の多くの人々の意思でもあることを裏付けていよう。

 

Source: Ukrainian government

 

このウクライナ危機が急速に表面化した2月下旬の段階では、多くの専門家はロシアの“駆け引き”戦術で軍事侵攻までは至らないと見ていた。いわゆる“ブラフ”の連発を伴ったチキンゲーム的な状態という見立てであった。その後の事実推移は残念ながら予想通りとは行かず、一番不幸な形で世界中を巻き込む大惨事になってしまった。

 

この軍事侵攻の推移をニュースで毎日見守りながら、私はどうしても“人間や人間社会の本質”を考えてしまう。なぜこんなことが現代で起こり得るのかと。一部メディアや専門家が「プーチンの個人的な野望の暴発」と報じているが、私はその点が大きな要因ではありつつも、その個人的思想だけが全貌ではないと感じている。この大惨事を思うにつけ、日本人のひとりとしてまず第二次世界大戦(太平洋戦争)の悲劇を思い起こす。

 

たまたま本稿執筆前に“東京裁判”のドキュメンタリー映画を見たため、なおさら今回の軍事侵攻とナチスや日本軍部の暴走との近似に身が震える思いであった。

その組織体制面での共通点を私なりに整理してみると、(1)一部特権階級(個人または少数の側近グループ)の本気の暴走は、ある臨界点を超えると行き着くところまで行くこと、(2)長期にわたる専制的絶対権力(特権)は腐敗すること、(3)一部特権階級の下部組織構成員には、必要十分で正確な情報提供が行われずプロパガンダが横行すること、(4)下部組織構成員には忖度が働き、上部特権組織への報告には大きなバイアスがかかること(=裸の王様化)、そして(5)特権階級への反抗勢力には容赦ない制裁が加えられること、が挙げられる。人間あるいは人間社会の持つ本質、または負の特質と言えるかもしれない。恐ろしいことである。

 

 

民間企業の経営の根本問題にも共通する“人間の性”

 

実はこの5点は国家戦争レベル問題に限ったことではない。“日本赤軍あさま山荘事件50年”での、事件当事者の一人で服役出所した人の回顧インタビューに妙な既視感を覚えた。事件発生に至る構図が、ウクライナ危機発生の構図に極めて類似しているのである。あるいは、1990年代半ばに複合的に発生したオウム真理教事件も同様の本質を持つと感じる。

 

加えて、3月4日に東京地裁で下された日産のいわゆる“カルロス・ゴーン事件”にも、同様な既視感を覚えている。最終的な判決まではまだ時間がかるであろうが、同社に近い立場にあった私の経験と記憶からも、上記5点はやはり共通していると感じる。

ある時点を境に、ゴーンは日産社内において間違いなく“絶対君主的地位”に到達していた。オーナー経営者でないにもかかわらず、である。その後の日産に何が起きたかは、自動車業界に属する本誌読者もよくご存知であろう。

 

もちろん、政治家や思想家のリーダーと民間企業トップでは選ばれるプロセスが全く異なるため、同列に論じることは乱暴かもしれない。しかし、プロセスの違いはあっても、一度手にした組織トップの特権的地位は、人事権、決裁権、制裁(懲罰)権、そして情報コントロール権などを巧みに駆使すれば絶対化が図られる。

その結果、裸の王様化が進行し、大暴走のリスクを極大化する点において、それらは酷似していると感じる。これが人間、あるいは人間社会の“性”の一つであるならば、やはり強力な暴走抑止システムを組織に装備するしかない。特に株式上場企業においては、昨今の企業のガバナンス体制の強化がその一翼を担い、きちんと機能することを強く願っている。

 

熊澤 啓三
株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。