2022
– MOBILITY INSIGHT –
本記事は平素、雑誌版に上稿頂いている識者によるNEXT MOBILITYの連載コラムです
ロシア・プーチン政権が引き起こしたウクライナ危機には、唖然を通り越して怒りと悲しみを覚える。本コラム掲載記事号が発行される時の状況は全く予断を許さないが、少なくとも明るい未来に繋がる進展があることを切に願っている。(熊澤 啓三 アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント)
日本や欧米諸国の政府メッセージやメディアの論調では、ウクライナ危機の根源は“プーチン政権の暴走”にあるとされている。その違法性は国際的には明白であるようだ。そうした背景等もあり、現地時間3月2日に開催された国連総会緊急特別会合での「ロシア非難決議」が、賛成141、反対5、棄権35という圧倒的多数で採決された。この結果は、ロシアに対する非難認識が世界中の多くの人々の意思でもあることを裏付けていよう。
Source: Ukrainian government
このウクライナ危機が急速に表面化した2月下旬の段階では、多くの専門家はロシアの“駆け引き”戦術で軍事侵攻までは至らないと見ていた。いわゆる“ブラフ”の連発を伴ったチキンゲーム的な状態という見立てであった。その後の事実推移は残念ながら予想通りとは行かず、一番不幸な形で世界中を巻き込む大惨事になってしまった。
この軍事侵攻の推移をニュースで毎日見守りながら、私はどうしても“人間や人間社会の本質”を考えてしまう。なぜこんなことが現代で起こり得るのかと。一部メディアや専門家が「プーチンの個人的な野望の暴発」と報じているが、私はその点が大きな要因ではありつつも、その個人的思想だけが全貌ではないと感じている。この大惨事を思うにつけ、日本人のひとりとしてまず第二次世界大戦(太平洋戦争)の悲劇を思い起こす。
たまたま本稿執筆前に“東京裁判”のドキュメンタリー映画を見たため、なおさら今回の軍事侵攻とナチスや日本軍部の暴走との近似に身が震える思いであった。
その組織体制面での共通点を私なりに整理してみると、(1)一部特権階級(個人または少数の側近グループ)の本気の暴走は、ある臨界点を超えると行き着くところまで行くこと、(2)長期にわたる専制的絶対権力(特権)は腐敗すること、(3)一部特権階級の下部組織構成員には、必要十分で正確な情報提供が行われずプロパガンダが横行すること、(4)下部組織構成員には忖度が働き、上部特権組織への報告には大きなバイアスがかかること(=裸の王様化)、そして(5)特権階級への反抗勢力には容赦ない制裁が加えられること、が挙げられる。人間あるいは人間社会の持つ本質、または負の特質と言えるかもしれない。恐ろしいことである。
民間企業の経営の根本問題にも共通する“人間の性”
実はこの5点は国家戦争レベル問題に限ったことではない。“日本赤軍あさま山荘事件50年”での、事件当事者の一人で服役出所した人の回顧インタビューに妙な既視感を覚えた。事件発生に至る構図が、ウクライナ危機発生の構図に極めて類似しているのである。あるいは、1990年代半ばに複合的に発生したオウム真理教事件も同様の本質を持つと感じる。
加えて、3月4日に東京地裁で下された日産のいわゆる“カルロス・ゴーン事件”にも、同様な既視感を覚えている。最終的な判決まではまだ時間がかるであろうが、同社に近い立場にあった私の経験と記憶からも、上記5点はやはり共通していると感じる。
ある時点を境に、ゴーンは日産社内において間違いなく“絶対君主的地位”に到達していた。オーナー経営者でないにもかかわらず、である。その後の日産に何が起きたかは、自動車業界に属する本誌読者もよくご存知であろう。
もちろん、政治家や思想家のリーダーと民間企業トップでは選ばれるプロセスが全く異なるため、同列に論じることは乱暴かもしれない。しかし、プロセスの違いはあっても、一度手にした組織トップの特権的地位は、人事権、決裁権、制裁(懲罰)権、そして情報コントロール権などを巧みに駆使すれば絶対化が図られる。
その結果、裸の王様化が進行し、大暴走のリスクを極大化する点において、それらは酷似していると感じる。これが人間、あるいは人間社会の“性”の一つであるならば、やはり強力な暴走抑止システムを組織に装備するしかない。特に株式上場企業においては、昨今の企業のガバナンス体制の強化がその一翼を担い、きちんと機能することを強く願っている。
熊澤 啓三
株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。