経営オペレーションが複雑化する中で明快な選択と集中も
――豊田章男自工会会長による日本自動車連合を引っ張るリーダーシップが、脱炭素は「EV一辺倒でない」とのことから日本のEVは出遅れたとの見方もあります。
志賀 ▶ それは、現在の(豊田)章男さんが自工会会長という要職にある訳ですから、国内外の自動車産業を広く俯瞰しての事なのでしょう。ただ今は、そうした要因も含めていよいよ悩ましい時期に来ているのではないでしょうか。
かつて私が日産でCOOをやっていた頃は、経営上のオペレーションは明快でした。つまり、どうしたら成長出来るか、儲ける事が出来るかについて、本当にシンプルな答えや法則があったからです。
つまり「良いものをより安く提供する」という事です。9年間、日産のCOOとしてオペレーションを任されましたが、迷う事はなかった。
しかし、今の100年に一度の大変革期に於ける経営者は「全方位でやるのか、集中と選択でやるのか」。経営資源が限られる中で、どこに集中すれば良いのか、という事を見つけていかなければならないのですから悩みは多くなる。
そうした見方で世界を見渡すと、GMのメアリー・バーラCEOの戦略は明快です。「EVと自動運転に集中する」という指針ですから。
これは経営者が方向性を明確にして「集中と選択」を推し進めた好例と受け止めています。経営資源が限られる中での集中と選択に対して、世界各地域の対応も全方位戦略が必要になるでしょう。
だからこそ、例えば「全方位と言われてもどこに行くんですか」、との問いにOEMから裾野のサプライヤーへ対して、2030年には何々、2040年には何々、そして2050年には、内燃エンジン車は一切扱わないなどのマイルストーンを出してあげる事が必要だと思うのです。
<解説>
世界の趨勢を見渡すと、ここ数年で各国政府による電気自動車( EV )への傾斜が鮮明になっている。
温暖化防止の大義で先行する欧州だけでなく、EVを世界自動車覇権の柱に据える中国や、バイデン政権の米国もEV重視を明確に打ち出している( バイデン米政権は4月12日に自動車新環境規制の導入を発表、この新規制で2032年に新車販売の最大7割がEVとなる )。こうした情勢にあって日本車のEV市場への出遅れが予てから指摘されて来た。
日本の電源構成では、EVの実質的なCO2排出量はさほど減らない、電池の高コストに充電設備の未整備に航続距離など、消費者サイドが本当にEVを選ぶにあたって課題も多い。
日本車をリードするトヨタが脱炭素へ全方位( ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車、バッテリーEV、水素、CN燃料 )戦略を掲げる中で「EVも本気」と宣言したのは豊田章男前社長( 会長 )だった。
その後4月に就任した佐藤恒治社長は、7日のトヨタ新体制方針説明会で「マルチパスウェイ( 全方位 )の軸をぶらさずに、BEVの開発、投入に積極的に取り組んでいく」と、EVへの本格転換を打ち出した。
また「これまでBEVに対する具体的なファクトを十分に示せていなかったかなと反省しています」と、トヨタのEV出遅れを指摘する声に答えるような発言も示した。
いずれにしても、志賀氏の「日本車のEV出遅れは日本自動車産業の構造転換の遅れとなり、世界から取り残される事になる」という主張と懸念に対し、トヨタもこのEV本格化で産業構造転換を促す方向が進む事になった。
日本で軽EVの日産サクラ・三菱eKクロスEVがヒットして2022年は「日本のEV元年」と言われたものの、日本の新車販売に占めるEVは2パーセントに留まった。
世界販売ではEV比率は1割に達し、中国は約2割、欧州は1割、米国は5パーセントで日本車のEVシフトの遅れが逆に鮮明となった。
カーボンニュートラル( CN )時代へ、世界のEVシフトの進展スピードは加速してモビリティの在り方までビジネスモデルの変革をリードしていくのか、注視していくべきだろう。