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2023年5月17日【ソフトウェア】

HySEの設立に賭ける国内二輪メーカー4社の思い

山田清志

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水素エンジンの開発が大きく前進するかもしれない。ホンダ、ヤマハ発動機、カワサキモータース、スズキの国内二輪車メーカー4社は、「水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合(HySE:Hydrogen Small Mobility & Engine technology)」を設立し、小型モビリティ向けの水素エンジンの研究開発を共同で進めることになった。この4社に加え、特別組合員として川崎重工業とトヨタ自動車が参画する。(経済ジャーナリスト・山田清志)

 

写真左から順に、HySE理事候補の古谷昌志氏(本田技研工業)、HySE理事候補の田中強氏(スズキ)、HySE副理事長候補の松田義基氏(カワサキモータース)、HySE理事長候補の小松賢二氏(ヤマハ発動機)、ヤマハ発動機の日髙祥博代表取締役社長、カワサキモータースの伊藤浩代表取締役社長執行役員、スズキの鈴木俊宏社長、本田技研工業の塚本飛佳留執行職 二輪パワープロダクツ開発生産統括部長

 

水素はカーボンニュートラルの注目株の一つ

 

HySEは東京駅前の八重洲セントラルタワーに本部を構える。理事長にはヤマハ発動機執行役員で技術・研究本部長の小松賢二氏、副理事長にはカワサキモータース兼川崎重工業執行役員社長直轄プロジェクト本部長の松田義基氏、そして理事にスズキ二輪事業本部長の田中強氏、ホンダ二輪・パワープロダクツ事業本部エグゼクティブチーフエンジニアの古谷昌志氏が就任する。

 

「二輪4社を中心に協力して、水素を燃料とする小型モビリティ向け内燃機関とモビリティ用タンクや燃料供給系構成要素などの基礎研究を行う」と小松氏は説明し、「精度検証されたモデルやバックデータ、小型モビリティに応じたストレージ技術を組合員の共同研究成果とし、二輪車OEMや小型モビリティOEMなど組合員の個々で競争力を持つ製品開発につなげていく」という。

 

HySEの目指す姿としては、まず各社の知見やノウハウを集めた共同研究領域を設けて、水素エンジン研究では大学や産業技術総合研究所(産総研)など外部団体と連携し、水素充填システムでは自動車工業会などと連動していくそうだ。

 

 

5月17日に行われた設立の記者会見には4社の代表も顔をそろえ、それぞれ個社が抱える課題を踏まえ、HySEに対する思いを語った。

 

「カーボンニュートラルの実現に向け、各社では今、EV化の開発を加速している。しかし、カーボンニュートラルへのアプローチには別の選択肢も不可欠だと思う。バッテリーEVを軸としながらも、幅広く技術の選択肢を持っていなければならない。

 

水素はそうした選択肢の中でも、特に注目株の一つそして考えている。国内では、水素インフラの整備を進めていく方針もあり、また自動車レースをはじめさまざまな活動が行われている。二輪車を含む小型モビリティにおいても、それに呼応した準備が必要であり、私たち二輪車メーカーが力を合わせて研究を進めることで、グローバルに仲間を増やすきっかけにできると考えている」(ヤマハ発動機の日髙祥博社長)

 

 

水素エンジンはサプライヤーにもメリットが大きい

「川崎重工グループはカーボンニュートラル社会の実現に向け、水素をつくる、運ぶ、貯める、使うというサプライチェーンの技術開発を進めている。今回、トヨタ自動車の声かけで始まった仲間づくりが、HySEという新しい枠組みに発展し、水素を使う選択肢が大きく広がることになる。

 

これは、川崎重工グループ全体にとっても大きな意義がある。今、世界の国々で異なるエネルギー事情がある中、二輪車をはじめとした小型モビリティの状況を考えると、EVを軸としつつもさまざまな動力源を使い分けるマルチパスが真に効率的なカーボンニュートラル社会の実現に必要なことだと思う」(カワサキモータースの伊藤浩社長)

 

 

「スズキは成長戦略の一つとして、カーボンニュートラル社会の実現を掲げており、EVだけでなく、マルチパスウェイでの課題に取り組んでいる。そのような中、国内二輪車メーカー4社を主体としたHySEを設立し、協力して小型モビリティ用水素エンジンの研究を行うことは、二輪業界、そしてスズキにとっても、大きな意義があると考えている。

 

エンジンは日本メーカーが得意としており、水素を燃料に使うことで、エンジン技術を活かしていくことは、既存の設備を使うことができ、サプライヤーにとってもメリットが大きい」(スズキの鈴木俊宏社長)

 

「水素については、多くの難問を解決していかなければならないという認識を持っている。カーボンニュートラルの取り組みとして、私たちはマルチパスウェイで追求しているが、その一つとして電動化に向けた取り組みをこれまで四輪、二輪で発表してきた。水素エンジンの取り組みもその大きな可能性の一つとして捉えている。

 

 

水素エンジンとそのストレージ技術の構築に取り組んでいくが、各社が協力して取り組んでいくことが最適な方法だと考えている。それは水素モビリティの研究に留まらず、水素社会の実装に向けた取り組みとして仲間づくりが必要だと考えているからだ」(ホンダの塚本飛佳留執行職 二輪パワープロダクツ開発生産統括部長)

 

小松氏によると、水素エンジンについては大きく3つの課題があるそうだ。1点目がガソリンに炊いて燃焼速度が速く、着火性がいいことによる水素特有の異常燃焼。2点目が燃焼生成物として出る水による問題。例えばサビ、オイルに水が混入することによるエマルジョンという現象。3点目が小型モビリティとして燃料タンクの搭載スペースが限られることに起因する航続距離の問題だ。

 

また、「燃料電池と小型モビリティという組み合わせに関しては実績があるが、水素エンジンについては検討のみという段階だった」(鈴木社長)というように、他の3社についても似たような状況だった。

 

 

日本の二輪産業は大きな岐路に

 

「日本の二輪産業が1900年代にその第一歩を踏み出し、以来1世紀以上にわたる歴史の中で、競争をしながらチャレンジを繰り返し、技術を積み上げることによって世界のモーターサイクル市場をリードしてきた」と日髙社長は話す。しかし、カーボンニュートラル社会の実現を合い言葉に二輪の世界も電動化が加速しつつあり、新しいメーカーが雨後の竹の子のように登場し始めた。

 

現在、4社のグローバル販売シェアは50.2%と半分を占めるが、他の産業にようにいつトップの座から下ろされるかわからない状況になりつつある。日本の産業史を振り返ると、繊維、造船、鉄鋼、家電、半導体と一時は世界トップに君臨していたが、いつの間にか韓国や中国、台湾などに抜かされてしまった。二輪の業界でも同じようなことが起こりかねず、いま大きな岐路に立たされているといっても過言ではないだろう。

 

今後も世界のリーダーとして君臨していくために、なんとしてもHySEは画期的な水素エンジンを開発し、そして4社がその技術を搭載した、これまでにない二輪車を販売して、「日本の二輪車メーカー、ここにあり」という存在感を示してもらいたいものだ。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。