富士通は、理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIPセンター) 理研AIP-富士通連携センター(注1)で、AIPセンター分子情報科学チームらとともに、材料設計に第一原理計算(注2)とAI(人工知能)技術を活用し、高いイオン伝導率を実現するための全固体リチウムイオン電池用固体電解質の組成を予測し、実際に合成と評価実験を行い、これを実証したと発表した。
これにより、第一原理計算からのデータが比較的少数でも、AI手法と組み合わせることで、最適な材料組成を効率的に発見、材料開発を大幅に加速できるとしている。
また今後、電池、半導体、磁性体などの材料開発分野で、マテリアルズ・インフォマティクス(注3)技術の活用が大いに期待されるとしている。
[背景]
これまで、材料の開発は、研究者・技術者の長年にわたる経験や、勘に加え、多くの失敗の積み重ねも必要とされていた。
一方、第一原理計算では、材料の組成を指定することで、量子力学に基づいた特性の予測が可能。
新たな高機能材料の最適組成を実験に先立って予測し、実験の失敗を低減できるが、計算負荷が非常に大きく、様々な組成について一度に多数の計算を行うと計算そのものに膨大な時間がかかるという問題があったと云う。
[概要]
理研AIP-富士通連携センターでは、「想定外を想定するAI」をテーマに研究開発を実施。
そのテーマの一つとして、材料シミュレーション、実験、AIの密接な連携で材料開発の課題を解決し開発期間を短縮すること、更には、容易には思いつかない組成や結晶構造をもつ新たな高機能材料を発見することなどを目指している。
今回、AI手法の一つであるベイズ推定法(注4)と組み合わせることで、第一原理計算の計算回数を数十分の一に抑制。
富士通研究所で実績のある全固体リチウムイオン電池(注5)の固体電解質の候補材料の一つで、3種類のリチウム含有酸素酸塩から合成される化合物について、高いリチウムイオン伝導率を実現するための最適組成を、現実的な時間内で予測することに、この材料としては初めて成功した(図中の右側が予測結果)と云う。
更に、化合物の合成と分析を実際に行い、予測された組成付近で、他の組成よりも高いリチウムイオン伝導率が実現されることを確認。
これにより、新たな高機能材料開発の目処が付いたと同時に、予測の正しさが実証されたとしている。
[効果]
リチウムイオン伝導率は、リチウム電池の充放電速度を支配する因子として、固体電解質材料の重要な特性の一つ。
今回の成果は、材料シミュレーションとAI手法を活用したマテリアルズ・インフォマティクス技術が、液漏れや発火の心配がなく充放電特性に優れたリチウムイオン電池の開発を効率的に行ううえで有効な手段になることを実証したものだとしている。
[今後]
材料開発におけるAIの高度利用を促進し、様々な材料に対して適用可能なマテリアルズ・インフォマティクス技術を確立し、また、それらの技術の適用を通じ、新材料開発の効率化に貢献していきたいとしている。
注1) 理研AIP-富士通連携センター:
理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIPセンター)と富士通株式会社(富士通)が2017年4月に開設した連携センター。環境の不確実な変化に対しても、的確な未来予測に基づいて人のより良い判断を支援する「想定外を想定するAI技術」の実現を研究テーマとした共同研究を進めている。
注2) 第一原理計算:
材料シミュレーションの手法の一つ。量子力学に立脚した電子状態理論を使って、経験的パラメータを用いずに、原子の数と種類だけから物質・材料の様々な性質を計算することができるが、他の手法と比べて計算負荷が非常に大きい。
注3)マテリアルズ・インフォマティクス:
材料合成・分析技術、材料シミュレーションなどの材料分野の技術に、データ科学、AIなどを連携・融合させて材料探索を加速する取り組み。これにより材料開発に要する期間とコストの大幅な削減が期待されている。
注4)ベイズ推定法:
ベイズ確率の考え方に基づき、観測事実からその原因である事象を確率的に推論する手法。
注5)全固体電池:
電解液の代わりに固体の電解質を使用した電池。イオンは固体内を移動する。電池の材料が全て固体であるため、液漏れや発火の心配がない。高温環境など既存の電池が使用できない環境でも使用でき、高電圧化や大容量化しやすい次世代電池として開発が活発に進められている。