燃料電池の固体電解質内部における空間電荷層の直接観察に成功
JST戦略的創造研究推進事業(ERATO)、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の遠山慧子助教・関岳人講師・馮斌(フウ ビン)特任准教授・幾原雄一特別研究教授、柴田直哉機構長教授は10月18日、燃料電池の固体電解質内部に於ける空間電荷層(結晶と結晶の界面である粒界で、電荷分布が不均一となることで原子の持つ電場が現れたスペースチャージ層)の直接観察に初成功したことを明らかにした。
<参考図>
固体酸化物燃料電池(SOFC/Solid Oxide Fuel Cells/電解質にYSZなどの固体セラミックスイオン伝導体を用いて、水素と酸素を反応させて発電する家庭用燃料電池)は、二酸化炭素の排出が少なく発電効率が高いことからクリーンなエネルギー源として期待されているが、このSOFCでは固体電解質としてイットリア安定化キュービックジルコニア(YSZ/イットリウム(元素記号はY)を添加することで、キュービック構造を安定化させたジルコニア。高い酸素イオン伝導性を持ち、化学的、熱的安定性から固体電解質として用いられる)などの酸素イオン伝導体が用いられている。
しかし材料内部に無数に存在する結晶粒同士の界面(結晶粒界)で、イオン伝導が顕著に低下することが問題となっており、結晶粒界近傍のナノメートル領域に分布する空間電荷層がその原因になっていることが長年提唱されてきた。ただ、これを直接的に観察することは極めて難しく、結晶粒界に空間電荷層が本当に存在するのか、という根本的な問題も未解明のままだった。
研究で用いた4つのYSZ粒界の原子分解能観察結果(上段)と、STEMエネルギー分散型X線分光法によるイットリウム濃度の場所による違い(下段) 。
a, Σ5[001]/(310) 、b, Σ9[110]/(221) 、c, Σ5[001]/(210) 、d, Σ3[110]/(111)は、各粒界の観察結果をそれぞれ示している。結晶の方位が異なると結晶粒界の原子構造が変わり、それに伴ってイットリウム濃度が異なっている。
結晶方位が異なる粒界面を持つ2つの粒界のtDPC水平電場観察像。aの結晶粒界でのみ、湧き出る方向の電場が見られる(bにおける、青色の矢印で示している部分) 。
それが今回、最先端電子顕微鏡を用いた局所電場観察により、YSZの結晶粒界で空間電荷層の存在を直接的に示すことに成功。更に結晶の方位(結晶構造の中で原子がどのように並んでいるか)が異なる複数の結晶粒界も同様の観察を行い、空間電荷層が存在しない結晶粒界の発見にも成功した。
今回観察した4つの結晶粒界における、水平方向電場の場所による分布。イットリウムが多く偏析し高濃度化している2つの粒界Σ9 [110] / (221) (緑色) 、Σ5[001]/(310) (青色)において、空間電荷層の電場が大きく存在していることが分かる。一方、Σ5[001]/(210) (赤色) 、Σ3[110]/(111) (橙色)では、電場も小さいことが分かる。
空間電荷層の電場が存在する粒界における酸素空孔(赤い丸、VO++)とイットリウム(緑色の丸、YZr-)の分布の模式図。
イオン伝導キャリアである酸素空孔が粒界中央部の正電荷に反発して空乏化し、逆にジルコニウムサイトに置換したイットリウムは負に帯電しているため、粒界コアの正電荷に引き寄せられて粒界に集まると考えられる。
更に電子顕微鏡の原子構造観察とも組み合わせることで、空間電荷層が結晶粒界の結晶方位や原子構造と強く相関することも明らかにし、結晶粒界の構造を制御すれば、空間電荷層をなくすことができ、結晶粒界のイオン伝導の抵抗を抑えられることを突き止めた。
同研究は、電池材料の結晶粒界でのイオン伝導抵抗の原因解明への大きな一歩となり、今後の電池材料の性能向上に向けた新たな指針の構築に繫がる可能性が高いことを証明した。
この研究成果は、2024年10月18日(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications /ネイチャー コミュニケーションズ」のオンライン版で公開された。また同研究は、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構「次世代電子顕微鏡法社会連携講座」、東京大学・日本電子産学連携室、文部科学省 先端マテリアルリサーチインフラ事業(東京大学 マテリアル先端リサーチインフラ微細構造解析部門)、附属総合研究機構「次世代ジルコニア創出連携講座」の支援を受けて実施された。
戦略的創造研究推進事業:総括実施型研究(ERATO)
– 研究領域:「柴田超原子分解能電子顕微鏡プロジェクト」(JPMJER2202)
(研究総括:柴田 直哉 東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 機構長・教授)
– 研究期間:2022年10月~2028年3月
なおJSTはこのプロジェクトで、極低温から高温までの温度領域に於いて原子スケールの構造および電磁場分布を同時に観察することを実現し、物質・生命機能の起源を直接「観る」ことができる、従来の原子分解能電子顕微鏡を超えた「超」原子分解能電子顕微鏡とも呼ぶべき新たな計測手法を構築する。
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