旭化成の名誉フェロー職で、名城大学大学院で教鞭を執っている吉野彰氏(71歳)が10月9日、2019年度のノーベル化学賞を受賞した。その功績はもとより、リチウムイオン電池(Lithium Ion Battery/以下、LIB)の研究開発の主導的な役割を認められてのこと。吉野氏のリチウムイオン電池に関わる化学賞獲得は、予てより時間の問題だとみられていたなか獲得年が2019年となり、内外から見ても「ようやく」の感もある受賞となった。
吉野氏は大阪府吹田市出身で、1948年生まれの満71歳。1972年に京都大学大学院工学研究科石油化学専攻修士課程を修了し、2005年に工学博士号取得。1972年に旭化成工業(現旭化成)に入社した後、現在、旭化成では名誉フェロー職を勤めている。
吉野氏は、負極にカーボン、正極にLiCoO2(コバルト酸リチウム)を使用することにより、現在のLIBの原型となる二次電池を世界で初めて考案し製作。さらに正極の集電体にアルミニウム(Al)を使用するというLIBの基本技術開発、及び実用化のために必要な電極化技術、電池化技術、周辺技術開発を行い、LIBという小型・軽量の新型二次電池を実用化した。
これにより日の目を見たLIBは、現在の携帯電話やノート型パソコン等のIT機器の世界的な普及に大きく貢献したと共に、今後、電気自動車等の新規市場への更なる広がりが期待されている。
さらに車両の電動化によって、巨大なバッテリー市場が形成された暁には、太陽光発電など自然エネルギーを蓄電するという人類史上初の大規模エネルギーネットーワークの出現に繫がっていく。それは今後、百年単位で人類のエネルギー貯蔵・利活用の歴史に新たな時代の到来を記することになるだろう。
そんなリチウムイオン電池開発の発端となったのは、同氏がポリアセチレンの素材研究を始めたのが切っ掛けで、その時点ではリチウムイオン電池を開発する意図は全くなかったのだが、研究の日々を重ねていたある年末、電池のマイナス極とプラス極の組み合わせを試行する機会があり、その際、炭素素材を組み合わせる発案をしたことが現在のリチウムイオン電池の開発に繫がっている。
つまる所、研究は技術者が好奇心の赴くままに探求を重ねていくという基礎研究こそが、実のところ最も大事なのであって、吉野氏も現在の「ニーズ主導で製品開発や発明を促す」という流れ一辺倒では、日本に於いて基礎研究の豊かさが育まれなくなるとの危機感を持っていると以前より話している。
なお吉野氏のノーベル賞獲得については、多様な分野・業界から祝辞の言葉が寄せられており、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)理事長の石塚博昭氏も以下のお祝いの談話を寄せている。
「携帯電話やスマートフォン、電気自動車などの電池として使われている「リチウムイオン二次電池」の発明によって、2019年のノーベル化学賞を受賞された旭化成株式会社 吉野彰博士に心からお祝い申し上げます。
現在では当たり前のように使われているリチウムイオン二次電池ですが、小型・軽量で長寿命な電池の実用化は、今や生活の必需品となっている携帯電話などのモバイル機器の進化に寄与してきました。さらに、市場の急激な拡大が見込まれている電気自動車やプラグインハイブリッド自動車などの次世代自動車にとってなくてはならないものとなっており、産業分野に与えている影響も計り知れないものです。
吉野博士は、電池の負極材料としてポリアセチレンという電気を通すことのできるプラスチックを見出し、これを、米テキサス大のグッドイナフ教授と東芝リサーチ・コンサルティング株式会社の水島公一博士により1979年に発見されていた正極材料コバルト酸リチウム(LiCoO2)と組み合わせることで新型二次電池の原型を築かれました。更に、より容量密度を向上できる特定の結晶構造を持つ炭素材料を見出され、リチウムイオン二次電池の実用化を達成されました。
現在国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、高エネルギー密度化と安全性の両立が可能な蓄電池である全固体リチウムイオン電池を世界に先駆けて実用化するための研究開発プロジェクト「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第2期)/SOLiD-EV」を実施しております。吉野博士には、本プロジェクトの委託先である技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター(LIBTEC)の理事長として、プロジェクトの推進に御尽力いただいております。
吉野博士の受賞を心からお祝いするとともに、NEDOとしても引き続き、本分野の技術開発や実用化に向けて貢献してまいります。」
[主な特許]
<発明者氏名、発明考案の名称、登録番号、出願日または優先日(登録日)>
– 吉野 彰,実近 健一,中島 孝之、二次電池、特許第1989293号(特公平4-24831号)、昭和60年5月10日※(平成7年11月8日)
– 吉野 彰,実近 健一、非水系二次電池、特許第2128922号(特公平4-52592号)、昭和59年5月28日(平成9年5月2日)
– 吉野 彰,中西 和彦,小野 晃、防爆型二次電池、特許第2642206号、平成元年12月28日(平成9年5月2日)
– 吉野 彰,四方 雅彦、二次電池、特許第2668678号、昭和61年11月8日(平成9年7月4日)
– 吉野 彰,井上 克彦、安全素子付き二次電池、特許第3035677号 平成3年9月13日(平成12年2月25日)
– Akira Yoshino,Kenichi Sanechika,Takayuki Nakajima、Secondary Battery、USP 4,668,595号、昭和60年5月10日※(昭和62年5月26日)
※優先日
■(旭化成)吉野彰氏の経歴(PDF):https://www.asahi-kasei.co.jp/asahi/jp/news/2019/pdf/ze191009.pdf