JST(理事長:濵口道成)は11月4日、研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)企業主導フェーズ NexTEP-Bタイプの開発課題「高効率・高純度発色を実現する有機EL発光材料」において、目指していた成果が得られたことを発表した。この開発課題は、九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター安達波矢教授らの研究成果をもとに、平成29年2月から令和元年12月にかけてKyulux(キューラックス)(本社:福岡県福岡市、代表取締役社長:安達淳治)に委託し、事業化開発を進めていたもの。
Kyuluxは量子化学計算と機械学習を組み合わせたマテリアルズ・インフォマティクス(注1)を用い、独自の有機EL「HyperfluorescenceTM(ハイパー フルオレッセンス)」による発光技術の高効率化と長寿命化に成功した。
(注1)マテリアルズ・インフォマティクス
物質特性をコンピューター上で高精度に計算した材料データベースと人工知能を使って材料を探索する手法の総称。これまで研究者の経験と直感に依存してきた材料探索に比べ、時間とコストを大幅に削減できる。
材料設計では、用いる新規TADF(熱活性化遅延蛍光)材料(注2)の選別にマテリアルズ・インフォマティクスを使い、研究者の知識と量子化学計算を組み合わせる従来の材料開発手法に比べ10倍以上のスピードで有望な材料を見いだすことができた。
(注2)TADF(熱活性化遅延蛍光)材料
TADFはThermally Activated Delayed Fluorescenceの略。有機材料の一重項励起状態と三重項励起状態のエネルギー準位の差を小さくすることによって三重項のエネルギーを一重項に遷移させ、内部量子効率100パーセントの発光を実現したもの。レアメタルが不要で材料コストが低減できる。一般に発光スペクトルの幅が広く、ディスプレイに応用するには色純度が低いという欠点がある。
さらに、電荷のバランスの観点から発光層を最適化し、フルカラー表示に必要な赤・ 緑・青全ての色で目標の寿命を達成。特に赤色では目標の4倍の寿命を達成し、 長寿命化が最も難しいといわれる青色においても、開発期間中に目標を達成し、プログラム開始時と比べて100倍以上の寿命を実現した。
今後、この成果をもとに有機ELの高解像度、高輝度、高効率と低コスト化を実現し、次世代の発光技術として広く普及することが期待される。HyperfluorescenceTMを採用することにより、りん光(注3)材料を使わずにレアメタルフリーで、赤色、緑色、青色全てが高効率で色純度の高い有機ELディスプレイを実現でき、スマートフォンに適用すれば高輝度、低消費電力に、大型テレビでは消費電力の半減を狙うことができ、SDGsの推進にも貢献することができる。多様な機器がインターネットにつながるIoT社会では、人と機器の接点としてディスプレイがますます重要だ。そのような中で有機ELは、しなやかに曲がるものや透明なものなど、ディスプレイに新たな価値を加える技術として注目されている。有機ELは、こうした次世代型ディスプレイの開発も加速し、新たな用途を生み出していくと期待されている。
(注3)りん光
有機材料が三重項励起状態(電子スピンの向きが同方向の状態)から基底状態に戻る際に発光する光のこと。通常、常温では三重項からの発光は起こらないが、イリジウムなど重元素を導入することで常温での発光が可能になった。一重項のエネルギーも活用でき、内部量子効率(注入された電気エネルギーが有機EL内部で光に変換される割合)100パーセントを実現した。赤色、緑色発光にはりん光材料が使用されているが、青色では、りん光材料の寿命が極端に短いため蛍光材料が使われている。また、蛍光に比べ発光スペクトルの幅が広いため色純度が低く、レアメタルのイリジウムが高価なためコストが高いという欠点がある。
■研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)
大学、公的研究機関などで生まれた研究成果を国民経済上重要な技術として実用化し社会に還元することを目指す技術移転支援プログラム。企業主導フェーズでは、大学などの研究シーズを用いて企業などが行う、開発リスクを伴う規模の大きい開発を支援し、実用化を後押しする。
※A-STEP企業主導フェーズ(NexTEP-Bタイプ/NexTEP-Aタイプ)は、令和2年度より「A-STEP企業主体(マッチングファンド型/返済型)」として公募している。
URL https://www.jst.go.jp/a-step/