豊橋技術科学大学、UM-CNRS LIRMM(モンペリエ大学とフランス国立科学研究センターによる情報学・ロボティクス・マイクロエレクトロニクス研究所)、東京大学、慶應義塾大学の研究チームは11月11日、バーチャルリアリティ(VR)空間において、2人が1つのアバターを共有して操作するシステム「共有身体アバター」を開発し、それを使用する時の人の運動特性を解明したと発表した。
この共有身体アバターの動きは、2人の参加者の動きを平均して生成。これを用いて、ランダムな位置に現れる物体に手を伸ばす動作を行うと、共有身体アバターの動きは、共有身体アバター操作者の動きや共有身体でない場合の参加者自身の動きよりも直線的で滑らかになることが分かった。その理由は、操作者が、自分自身の動きよりも、共有身体の動きを無意識に最適化し、優先するためと考えられる。この知見は、VRやロボティクスを用いた身体の共有による新しい共同作業方式の提案と基礎設計に貢献することが期待されている。
近年、サイバースペースの利用はますます一般的になっており、サイバースペースを活用することで、遠くに離れた複数の人がVRのアバターや実世界のロボットを自分の身体であるかのように操作して、コミュニケーションしながら共同作業することが可能になっている。
しかし、私たちはどのような形態のアバターやロボットを、どこまで自分の身体として認識すること(身体化)ができるのか、その時に身体化したアバターやロボットを、どのように操作するのかについてはまだ詳しく分かっていない。
今回の実験システムでは、2人の参加者の全身の運動を光学式モーションキャプチャシステムで同時に計測し(※図1下)、人の運動を平均することで、共有身体アバター(※図1上)の動きを生成した。
参加者は、この共有身体アバターを頭部搭載型ディスプレイで観察し、自分の姿として認識する(※図2)。
これを用いて、20名10組の実験参加者が、突然ランダムな位置に現れる1つのターゲットにアバターの右手を伸ばすリーチング課題を行い、認知特性と身体運動特性を計測した。この共有身体アバターを用いて得られた認知特性と身体運動特性を、共有身体アバターを操作している参加者自身の動きの特性、およびアバターが各参加者の動きのみを反映する個別身体アバターを用いた場合の特性と比較した。
実験の結果、認知特性においては、共有身体アバターに対する行為主体感(自分が操作している感覚)は個別身体アバターの場合よりも低くなったが、実際に運動が反映されていると感じる割合は 50%よりも高いと評価された(参加者は、自分の動きが全て反映されているなら100%、全く反映されないなら0%として割合を回答 ※図3左)。また、身体所有感(アバターが自分の身体であるという感覚)も共有身体アバターの方が個別身体アバターよりも低くなったが、アンケートで良く使われる心理的回答方法であるリッカート尺度で7段階の中間(参加者は、身体所有感が全く無いなら-3、とても強く感じるなら+3として7段階で回答 ※図3右)となり、ある程度の所有感が見られた。
次に、身体運動特性においては、共有身体アバターの動きは、それを操作している参加者自身の動きや、個別身体アバターを操作する参加者の動きよりも直線的になり、加速度の変化率である躍度が小さくなった(※図4)。これは、共有身体アバターの動きが真っ直ぐで滑らかになったことを意味する。また、ターゲットに対して手を動かし始める時間が、共有身体アバターでは個別身体アバターを操作する参加者よりも早くなった。
なぜ共有身体アバターの動きが真っ直ぐ滑らかになったのかについては、以下のことが推定される。共有身体アバターを使用する際には、2人が協力する必要があるが、突然現れるターゲットにすぐに手を伸ばす課題では、事前の協議なく即座に暗黙的にそれを行わなければならない。その時に 2人の予測が一致しやすい運動が、直線的で滑らかな運動であったと思われる。それゆえ、共同作業のパフォーマンスを上げるために、共有身体アバターの直線的で滑らかな運動が優先された。ただし、この仮説の検証には、今後の詳細な実験が必要である。
同研究は、共有身体アバターという新しい共同作業のための方式を提案し、それを使う時の人の身体運動の基礎特性、特に共有身体アバターの運動を優先して最適化する暗黙的傾向を明らかにした。将来は、共有したアバターやロボットを用いて、遠くに離れた人が共同作業を行うことも一般的になるという可能性も秘めており、かつ共有身体による全般的なパフォーマンス向上のみならず、各個人の得意なことを組み合わせることによる適応的なパフォーマンス向上も期待される。1人に1つの自分の身体を持つ時代から、目的や状況に合わせて身体を自在に切り替え、時には複数人で1つの身体を共有しながら作業を行う時代へ変わっていくことも予想され、本研究は、それを実現するための基礎的知見となるといえるだろう。
同チームでは今後、各個人のパフォーマンスが異なる時の運動の最適な組み合わせ方法の特定や、共有身体を用いて共同作業することによる社会的な心の変化を研究する予定としている。
■研究チームメンバー(敬称略)
豊橋技術科学大学情報・知能工学専攻、 萩原隆義氏(大学院生)と教授 北崎充晃/ U M CNRS
LIRMM (モンペリエ大学とフランス国立科学研究センターによる情報学・ロボティクス・マ
イクロエレクトロニクス研究所) シニア研究員 Gowrishankar Ganesh ゴウリシャンカー
ガネッシュ 博士/東京大学 先端科学技術研究センター教授 稲見昌彦/慶應義塾大学 理
工学部教授 杉本麻樹/
なお、同研究成果は、2020年11月10日(米国東部時間)に「iScience」に掲載された。