日本マイクロソフトは4月4日、トヨタコネクティッドと推進するAIとIoT、そしてコネクティッドカーを組み合わせたプロジェクトについて発表した。
日本マイクロソフトとトヨタコネクティッドが目指すのは、すべての人にITを活用してもらう世界だという。小さな子どもからお年寄りまで、スマートフォンを持っていない・使いこなせない人にもITの恩恵を受けてもらうため、両社では、オープンイノベーションによって汎用デバイスを活用し、安価にソリューションを構築、社会に貢献できるようなサービスを「スマホレス」で実現しようと取り組んでいる。
始まりは2011年の東日本大震災
今回のプロジェクトのルーツは、2011年の東日本大震災時に両社が協力して取り組んだ「通れた道マップ」にある。これは、震災後に通行実績のある道路の情報を集計し、被災地の避難や救援、物流などをサポートする地図サービス。その後同サービスは発展を続け、現在もトヨタ企業サイトにて公開されている。
2011年当時、トヨタ自動車の主査を務めていたトヨタコネクティッド専務取締役の藤原靖久氏は、この大規模な災害に対し何かできることはないかと考え、社内外でアイデアと技術者を募った。そこでいち早く手を挙げたのが日本マイクロソフトだった。
「マイクロソフトの内田氏、二宮氏に協力してもらい、不眠不休の2日間を経て完成したのが『通れた道マップ』でした。この取り組みがトヨタのコネクティッド技術初の社会貢献となりました」と、藤原氏は当時を振り返る。
『通れた道マップ』イメージ。通行実績を把握することが出来る
そのチームが再結成し、更に新たなメンバー(日本マイクロソフトの半田氏、藤巻氏)が加わり、あらためて社会課題に対応できるサービスを目指して手を取り合うことになったのが今回のプロジェクトとなる。
汎用的でローコストなソリューションを目指す
2社が提供を目指すプラットフォームのコンセプトは、誰でも実装できる後付け可能で簡単な汎用的かつローコストなソリューション。トヨタコネクティッドでは、トヨタの自動運転モビリティサービス「Autono-MaaS」(「Autonomous Vehicle (自動運転車)」と「MaaS(Mobility-as-a-Service:モビリティサービス)」を融合させた造語)につながるサービスやアプリケーションを開発している。その技術力と、マイクロソフトの持つさまざまなテクノロジを組み合わせ、新たなソリューションを構築しようと取り組んでいる。
トヨタコネクティッドでは以前から、ドライブレコーダーやサードパーティデバイスを活用し、車内でのスマホ操作や片手運転などの危険行為をエッジ側で判定するデバイスについて試験研究していた。同社が独自に取り組んでいたこの案件をマイクロソフトに相談したところ、Raspberry PiとWindowsをベースにAzure IoT Edge/エッジソリューションが構築できることが判明、汎用テクノロジを活用したローコストなソリューションが実現した。
トヨタコネクティッドと日本マイクロソフトのディスカッション風景 (左手から、日本マイクロソフト 半田氏、藤巻氏、二宮氏、トヨタコネクティッド 藤原専務)
人物認識やAI浸水検知などのソリューション展開へ
両社はこのテクノロジを活用し、社会課題解決のためのプラットフォームの展開を試みている。例えば、無人販売や人物認識、AI浸水検知、工場内輸送、社用車の企業間シェアリングなど。特にこの1年で、AI浸水検知と人物認識のソリューションが形になるところまで進化した。
AI浸水検知ソリューションでは、ドライブレコーダーなどのセンサーから入手した画像の道路状況から浸水レベルをAIがリアルタイムに分析。すでにトヨタコネクティッド様が独自で取り組んでいた研究だが、今回Raspberry Piとインテルの外付けUSBアクセラレータ(インテル®ニューラル・コンピュート・スティック 2)およびWindowsマシン上で複数のAI判定をAzure Video Analyzerでパイプライン化し、リアルタイムでの動画のエッジAI解析を実現した。
人物認識ソリューションは、高齢者施設や送迎バスなどで人物を認識し、高齢者の運動記録や送迎記録などを自動化する。データのデジタル化だけでなく、業務効率の改善や安全の強化にもつながるソリューションとなる。
「高齢者のデイサービスで課題を聞いたところ、日報の管理が困難だという意見がありました。施設では補助金のエビデンス用に、誰がどの運動機器をどれくらいの時間利用したか記録する必要があり、それを手作業で管理するのが大変だというのです」と藤原氏は話す。「人物認識ソリューションを用意すれば、その課題は解決できます。また、このソリューションを応用し、送迎車のドライバーを認証したり、人数を数えたりといったことも可能です」
このほかにも藤原氏は、「自動車免許を返納し、買い物に行けなくて困っている高齢者もいると聞きます。そのような人のいる地域に、無人販売できる車をリースし、日替わりでさまざまなものを販売できるようにすることを想定しています。車内には無人で動くPOSレジを用意し、スマホがなくても顔認証で決済できるような仕組みを構築したいですね」と、次世代のモビリティに、無人の自動販売機能を搭載、無人販売ソリューションとして展開することも検討していると話した。
「それぞれの課題に対し、個別のハードウェアを垂直で用意することは避けたいと考えています。効率が悪いですから。そこでマイクロソフトと相談したところ、技術を1本化できることがわかりました」と藤原氏。また、高い料金を支払えば、今回構築したようなエッジも存在するかもしれないが、「コストがあまりにも高いとお客様に提供できないので、今回は持続可能なソリューションを目指し、汎用性とローコストであることを意識しました」としている。「無人販売用の POSレジも、市販のものは高価ですが、WindowsコンピュータとAzure IoT Edgeでカスタマイズすれば比較的安価に実現できるのです」
マイクロソフトがソフトウェアプラットフォーム、トヨタコネクティッドがハードの選定とAIのオペレーションを担当
今回のプロジェクトでは、マイクロソフトがIoTデバイスのソフトウェアを担当、トヨタコネクティッドがハードウェアの選定を担当し、GPSトラッカーのプラットフォームとIoTデバイスの融合もトヨタコネクティッドが手掛けた。
トヨタコネクティッド技術本部アジャイル開発室アジャイル開発2グループGMの奥山浩司氏は、「こうしたデバイスを車に搭載するには、通信・電源確保・粉塵対策・熱対策の4点が重要です。また、一度現場に設置するとメンテナンスも大変なので、リモートメンテナンスも重要な要素です」と話す。
「まず、通信と電源はMECHATRAX社の4GPiとslee-Piを採用しました。屋外での稼働実績があることと、車載向けに必要な機能が搭載されていたことが採用のポイントです。
車両のバッテリーは限られたエネルギー源ですので、イグニッションON/OFFと連動してOSを起動/シャットダウンを行う必要があります。またアイドリングストップ機構が付いている車両では短時間にON/OFFを繰り替えしますので、起動ディスクが破損しないように気を配りました。」と奥山氏は説明する。
粉塵と熱対策は密閉型ケースと電動ファンを配置した。RaspberryPiのCPUとインテル®ニューラル・コンピュート・スティック2の発する熱をどのように逃がすか、試行錯誤の繰り返しだったという。
また、リモートメンテナンスはソラコム社のSIMを採用。SORACOM NapterによるSSH接続が非常に便利であったとしている。SSH接続にはOSが起動している必要があり、4GPiのSMSと連動したOS起動の仕組みがそれらを実現する。
AI/IoT エッジデバイス外観 (上・左) と内部構成部品 (右)。様々なソリューションを組み合わせ IoT デバイスとソフトウェアの融合を実現
デバイスから収集したデータは、Azure IoT Hubにアップロードされ、Azure SQLに一時保管。そこからGPSトラッカーのプラットフォームとデータを連携する。
GPSトラッカーのプラットフォームは「通れた道マップ」で培った技術を最大限活用し、AzureとBing Mapsを採用している。
GPS トラッカーのプラットフォーム概念図
GPSトラッカーはMeitrack社のT366LとTC68Lを採用し、ファームウェアをカスタマイズすることにより、トヨタ車のほか、様々なメーカーのCANデータ収集に対応。カーシェアや社用車管理をターゲットとして、収集できるデータはガソリン残量、充電量、走行距離といった必要最低限のものに絞りこんでコスト削減している。
また、位置情報を扱う上で重要なセキュリティでは、SORACOM Beamを利用して通信を暗号化。GPSトラッカーからソラコムのネットワークを経て Azureに直接データ送っているため、維持コストだけでなく、漏洩リスクも低減する。
AI/IoT エッジデバイスとクラウドアーキテクチャ
ビジュアライゼーションとデータ分析を担当したトヨタコネクティッド技術本部アジャイル開発室アジャイル開発2グループの皆川里桜氏は、Power BIを使ってデータの見える化を実現した。「GPS トラッカーのプラットフォームでは、一旦 Azure SQL に保管されたデータを統計処理した後、長期保存用に Cosmos DB へ JSON 形式で格納しています。Azure 上でデータを扱う場合はこの組み合わせが今のところ最適と考えています」と皆川氏は説明する。
「実際にPower BIを使ってみると、非常にシンプルでインターフェースもわかりやすく、誰でも簡単にダッシュボードが作成できると感じました。標準のコントロールでは対応できない場合もマーケットプレースを探してカスタムビジュアルを使うこともできます。
テーブルの結合や前処理も Power Query が自動的に連携し、ストレスなく使えます。もちろんCosmos DBにもネイティブ対応しているため、スムーズにデータを取り込むことができました」と語る皆川氏は、次はAzure Automated MLを使ったデータ分析にも挑戦したいと述べている。
GPS トラッカーから収集されたデータを Power BI で可視化・ダッシュボード化している
GPS トラッカーから収集されたデータを Power BI で可視化・ダッシュボード化している
オープンイノベーションのさらなる拡大に向けて
今後も両社では、今回のプロジェクトで活用したベース技術を応用し、さまざまなソリューションを展開していきたい考えだという。
「アイデア次第でどのような使い方もできます。汎用性のある技術なので、小学生でも Raspberry Pi さえ用意すればソリューションが作れるのではないでしょうか。ハッカソンなどでアイデアを募りたいですね」と藤原氏は述べ、この取り組みでオープンイノベーションを加速させたいとした。