トヨタ自動車は、オリ・パラ選手村内(東京都中央区)で「イーパレット(e-Palette)」を実証運用している。
そんなイーパレットが去る8月26日(木曜日)午後2時頃、選手村道路の交差点を曲がる際、横断歩道を渡り始めた柔道男子の北薗新光選手(きたぞの あらみつ・30歳・視覚障がい)と接触した。(坂上 賢治)
この際、イーパレット自体は横断歩道でAI機能が活き一旦、緊急停止した。しかし緊急停止したイーパレットを再スタートさせる時、常設(同乗)のオペレーターによるジョイスティック操作で再スタートさせる手順になっていたようだ。
そこで該当のオペレーターがそれを試みた直後、北薗選手と接触した。これによって北薗選手は頭や両足を打って全治2週間の怪我を負い、それが一因となったものと想定されるが、体調不良で翌28日(土曜日)に控えていた試合を欠場する模様。
当日の事故現場では、警備員が歩行者に対して車両接近の合図を出していた事に加え、遠隔地から複数のイーパレットの動きを総合管理するコントロールセンターからの状況確認。そして常に同乗しているオペレーターによる車両管理など、安全確保については冗長化されていた。
そうしたなかで、対象車に乗っていたオペレーターが車内から歩行者を視認した際、〝歩行者がイーパレットの接近を既に認識している〟と誤認していたか。あるいは歩行者の〝行動監視する業務上で何らかを見誤った(視覚障がいがある事など)〟可能性があるという。なお同記事出稿時点(27日・金曜日夜)に於いて、イーパレットは実証運行を全面停止している。
この事故を受け、トヨタ自動車の企業サイトでは、翌日27日(金曜日)の19時に公式リリースを公開。その内容では、事故に関わる個人情報は伏せた上で「お怪我をされた方に深くお詫び申し上げますと共に、1日も早い回復をお祈り申し上げます。
また選手村に於いて、弊社のモビリティをご利用頂いている方々に、ご不便をお掛けしております事をお詫び申し上げます」とのコメントを発表 した。
さらに「今回発生しました事故の原因特定につきましては、警察の捜査に全面的に協力して参ります。またこのような事案が発生しないよう徹底的な原因究明を進めると共に、今後の再発防止について、組織委員会とともに検討して参ります」との趣旨を記して結んでいる。
加えてこうした経緯を重く見た豊田章男社長は、オリパラ期間中に定期的に動画配信する27日(金曜日)の「トヨタイムズ放送部」で自らが生出演。
先の企業リリースに沿った現況を丁寧に報告した上で「多くの方々にご心配をお掛けし大変申し訳ないと思っています」と謝罪。併せて選手の容態等に気配りしつつ、警察の捜査に全面的に協力していきますとコメントした。
なお今後については、今回のイーパレットの運行自体が「オリパラ選手村」という限られた地域に於けるイレギュラーな実証段階にあったため、事故責任の所在を刑事上や民事上の見地から明確化していく事になるだろう。
それは技術的には〝「レベル4」の自動運行が可能〟なイーパレットの接触事故である事。また今回に限っては、人間が自動運転システムを冗長的にサポートする形としていたゆえに、責任の所在についてケースバイケースでの複雑な解釈が必要になると見られるからだ。
そういう意味でこの接触事故は、日本国内に於ける自動運転車の事故責任に関して、その所在を巡る議論を改めて社会に対して問う格好になった。
従って未来に向けて自動運転を日本社会に広め・浸透させていくため、当事者のひとりであるトヨタのみならず自動車産業界全体として、なぜ今回の接触事故が起こったのかを精緻に検証していく事が求められるだろう。
ちなみに北薗選手は5歳から柔道を始めた後、神戸の育英高校で鍛錬していた頃から視力低下。大学時の検査で先天性の網膜色素変性症が判明した。
しかし柔道の道を諦める事なく2010年から視覚障がい柔道の道へ進み。2012年のロンドン大会で100キロ級7位、2016年のリオ大会では3階級下の73キロ級で5位。東京2020パラリンピックでは自身がベストな階級を見定め81キロ級で金メダル獲りを狙っていた。
81キロ級に於ける成績は、2015年の第30回記念・全日本視覚障害者柔道大会・男子81キロ級1位を皮切りに、2017年のIBSAワールドカップ(ウズベキスタン)男子81キロ級3位、2019年のIBSAアジアオセアニアチャンピオンシップ(カザフスタン)男子81キロ級2位と手堅い結果を残している。