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2024年2月13日【トピックス】

ダイハツ、経営体制も事業領域も再構築 試練の船出に

松下次男

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ダイハツ工業は、車両の認証不正問題を踏まえ、3月1日付で経営体制を刷新した。同社とトヨタ自動車は、2月13日に都内で開いた共同記者会見の場で、ダイハツの新社長が井上雅宏氏(いのうえ まさひろ・現トヨタ中南米 本部長)となる新体制人事を発表した。奥平総一郎社長や松林淳会長らは退任する。( 佃モビリティ総研・松下次男 )

 

 

ここで一旦、ダイハツの一連の認証不正問題を振り返ると、2023年4月28日に同社で開発した海外市場向け車両4車種で、側面衝突試験の不正行為を確認したことを発表。直ちに再発防止に向けた内部調査委員会を設けたのに加え、独立した第三者委員会も設置した。

 

同年12月20日、第三者委員会が約90万件を精査。その結果、4月のドアトリム不正、5月のポール側面衝突試験不正に加え、25の試験項目で174件の不正行為が判明した。

 

その後、国交省も加わった見直し精査のなかで14件の不正行為を更に認定。2024年1月16日に型式認定の取り消しと是正命令が出された。以降、型式認定取り消し外の事案については、国交省が認証工程等の正常を確認できたものから順次生産を再開しつつある。

 

1月30日には、親会社のトヨタ側もトヨタグループ17社の代表者を集めてグループビジョンを発表してグループ社員の意識改革に着手。2月9日には、ダイハツが国土交通省へ再発防止についての報告書を提出。1か月後を目処に新経営体制や事業領域について発表するとしていた中で、2月も半ばとなって今会見を迎えた形となる。

 

 

トヨタの佐藤恒治社長と共に、会見に登壇した新社長の井上氏(1963年9月生・60歳)は、1987年3月同志社大学経済学部を経てトヨタ自動車に入社。当初は、生産管理部配属で三好工場に勤務していたが、1994年ブラジルトヨタへ出向。更に2年後の1996年に中南米部に配属。

 

2004年に海外企画部グループ長となり、2007年に米州営業部室長。2011年にブラジルトヨタ副社長となっている。2019年の中南米本部長・ブラジルトヨタ会長・アルゼンチントヨタ会長・ベネズエラトヨタ会長を経て、今回ダイハツの新社長となる見込みだ。

 

共同記者会見で佐藤恒治社長は、事業領域についても言及。海外事業におけるダイハツとの協業が過剰な負荷となり、不正につながったとの反省から、事業領域や両社の分担を見直す方針も表明。ダイハツを同社の強みとする「軽自動車を軸に置いた会社」へと定め、海外事業をトヨタからの委託に変更する方向で協議を進めることを表明した。

 

詳細は今後詰めるとしながらも、一連の認証不正問題を受け、ダイハツの再生はトヨタ主導で。事業形態については、ほぼ軽自動車専業に近い形に見直す方向で検討を進める方針が浮き彫りになった。

 

 

新社長に就任する井上氏は、トヨタ、日野、いすゞ、スズキと共に参画していたCJPT(コマーシャル・ジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ)からも「脱退を申し入れ、承認された」と述べた。

 

「小さなクルマによって人々の暮らしを支える」という原点に立ち戻り、ダイハツらしさを取り戻す方針だが、不正問題の再発防止に加えて、どこまで事業体に踏み込んで再構築できるか、新たな経営陣に重くのしかかる。

 

〝軽自動車を軸に再生へ〟というのは、ダイハツの認証不正問題が成長過程の中で、業務の質と量が拡大したのが原因ということが背景にあるのだろう。このため、先ごろ国交省へ提出した再発防止報告書でも開発スケジュールの抜本的な見直しなど事業活動の転換を打ち出している。

 

これを踏まえ、佐藤社長は安全・安心を第一に置いたクルマ作りを徹底し、「風土改革」「経営改革」「モノづくり/コトづくり改革」を掲げた。

 

これは先に、ダイハツにとどまらず、日野や豊田自動織機などのトヨタグループでも不正が相次いだことを受けて、トヨタ自動車の豊田章男会長が示したグループビジョンに基づくものだ。

 

今回のダイハツの改革も、豊田会長が唱えた「現場に主権を取り戻す」経営体制へと刷新する狙いが色濃く出ており、新たな経営体制へ反映させたといえるだろう。

 

 

なお、3月1日付で刷新されるダイハツの新体制は、井上新社長の他、副社長にトヨタ自動車九州の桑田正規副社長が就く。また法規認証関連業務に通じたトヨタのカスタマーファースト推進本部の柳景子副本部長が非常勤取締役に就任。品質統括本部長の星加宏昌副社長は留任し、引き続き不正再発防止に当たる。会長は空席となる。

 

一方で、現取締役は奥平社長、松林会長のほか、武田裕介、枝元敏則の両取締役、非常勤の山本正裕取締役も退任し、経営陣が一新され、不正を再発しない企業への再生を目指す構えだ。

 

ただトヨタ自動車は、1967年にダイハツと業務提携し、1998年にダイハツの株式の過半を取得。2016年には傘下に組み入れて子会社化した。以降、トヨタ出身者が経営トップを務める場面が増えるという流れの中で、近年の旧経営陣やトヨタの監督責任を問う声もある。

 

実際、今会見でダイハツの松林会長と奥平社長は、引責辞任ではないと強調したものの、昨年度の賞与についてダイハツの経営陣は、自主的に返納をしていることに触れている。

 

山本氏のダイハツ社長就任について、トヨタの佐藤社長は長年、中南米事業の構造改革に取り組むなど「現場との会話の大切さ」に知見が深いことを選任したことを理由に掲げた。

 

 

山本氏も自身の略歴についてトヨタ入社後「半分を海外、それも多くは新興国で過ごし、そこで現場との会話の大切さの重要性を学んだ」と話す。新興国については認証事項も複雑で、その分野に知悉している山本氏は適任との見方だ。

 

副社長に就任するトヨタ九州の桑田氏は、慌ただしい人事異動となるが、昨年まではトヨタ本体で副社長を務め、主に人事部門を担当していたことを踏まえて人事や現場経営の知見を活かし風土・組織改革の取り組みを。柳氏は、法規認証の幅広い知見を活かし側面から再発防止をサポートする。

 

山本氏は就任後、それぞれ新役員とともに「ワンボイス、ワンチームで課題に対応していきたい」と強調した。課題となるのは事業再生の道筋をどう描くかだろう

 

ダイハツは2022年度まで17年連続で軽自動車シェアトップを達成してきたが、事業内容を見るとトヨタからの委託やOEM供給車の比率も高い。

 

生産工場は大阪・池田の本社工場のほか、滋賀、京都、それにダイハツ九州の大分工場などがある。これらをどう再編成するのか。

 

海外をみても、マレーシアの国民車を手掛けるプロドゥアやインドネシアなどで事業を展開する。海外事業については企画、開発、生産をトヨタからの委託に変更する方向で検討を進めるとしているが、佐藤社長は当面、「現状を維持しながら、中長期の視点で協議を進める」とも話す。

 

加えて、自動車産業は今、100年に一度という大転換期の中にある。CASE技術やカーボンニュートラル対応などの一端を担っていたCJPTの肩代わりをどう果たすのか。

 

佐藤社長は、ダイハツの将来像について「小型車を中心に、ラストワンマイルまで視野に入れたモビリティカンパニー」の役割を担う企業へと位置付けるが、このためには先進技術が欠かせない。

 

EV(電気自動車)でいえば、トヨタ、スズキ、ダイハツの3社が共同開発した商用EVを2024年中にも市場投入すると見られている。生産はダイハツが担当する計画だが、これらはあくまでも第1弾である。当然、継続モデルも課題となるだろう。井上新社長は4月に新体制方針を示すと述べたが、その内容が注目されよう。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。