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2023年11月29日【事業資源】

ホンダの焦り、電動二輪に5000億円を投資へ

山田清志

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ジャパンモビリティショーで披露した電動二輪車

 

ホンダの二輪事業もうかうかしていられなくなった。二輪車にも電動化の波が押し寄せ、市場構造が大きく変わろうとしているからだ。二輪業界で世界トップだが、電動化では乗り遅れており、このままでは将来が危うくなる。現在のホンダは四輪事業が厳しく、二輪事業が屋台骨を支えている状態で、二輪事業で負けるわけにはいかない。そこで、2030年までに電動二輪の製造開発に5000億円を投資し、30モデルを販売することにした。果たして、ホンダは二輪業界で将来もトップであり続けることができるのか。(経済ジャーナリスト・山田清志)

 

急速に電動化が進む最大のインド市場

 

「現在、グローバルにおける電動車は、最高速度の違いによってEB(電動自転車)、EM(原付一種の電動二輪車)、EVの3つのカテゴリーに分類することができる。グローバルでの電動車の市場規模は現在約5000万台で、そのうち大半を中国のEMとEBが占めている。しかし、足元では、その他の国においても110ccから125ccのEVが拡大し始めており、市場規模の大きいインドでは、ガソリン価格の上昇などに後押しされ急激に拡大している。また、政府の支援もあり、アセアンでも電動化の兆しが見えている」

 

ホンダの電動二輪車投入計画

 

ホンダの電動事業開発本部長の井上勝史執行役専務はこう話す。最大の市場であるインドでは、2021年に約15万台だった電動二輪車の販売が22年には約4倍の62万台まで拡大し、23年はそれを上回る見込みだ。

 

執行役専務 電動事業開発本部長 井上 勝史氏

 

その市場を巡って、インド最大の二輪車メーカーであるヒーロー・モトコープをはじめ、ヒーロー・エレクトリック・モーター、アーサー・エナジー、オラ・エレクトリックなど10社以上が電動バイクを販売している。さらに、一旗揚げようと、続々と新興メーカーの参入が相次いでいるという。文字通り、雨後の筍のような状態になっている。

 

それは戦後の日本と同じで、当時100社以上のメーカーが二輪車を製造販売していた。製薬会社の三共(現第一三共)もハーレーダビッドソンをモデルにした「陸王」を製造販売して一世を風靡した。ホンダも戦後に誕生した新興二輪メーカーの1社に過ぎなかった。

 

その後、日本の二輪車市場は激しい競争と淘汰の嵐が吹き荒れ、残ったのがホンダ、ヤマハ、カワサキ、スズキの4社だった。特にホンダは「スーパーカブ」が大ヒットし、ハーレーダビッドソンを駆逐し、世界一の二輪車メーカーになった。しかし、今、電動化の進展によって、戦後の日本と同じようなことがグローバルで起こるかもしれないのだ。トップのホンダでも、対応を誤れば、トップの座から転げ落ちる可能性もある。

 

電動事業開発本部 二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部 電動開発部長 丸山 智千氏

 

ホンダの二輪電動化比率は1%以下

 

ホンダは1994年に世界初の電動二輪車「CUV-ES(シーユーブイ イーエス)」を世に送り出し、2018年には日本やアセアンに「PCX ELECTRIC」を投入、そして20年には「BENLY e」を日本で発売してきた。しかし、22年度の電動二輪車の販売台数は、13万台超で、全体の0.7%ほど。二輪車の22年の電動化率は12.8%と言われているので、世界から大きく後れを取っている。

 

それを挽回すべく、今回、電動二輪の事業戦略を発表した。「まず2030年のグローバルでの電動二輪車販売台数の目標値を、昨年公表した350万台に対して50万台増となる400万台とする。また30年までにグローバルでの電動モデルを、合計で約30モデルまで増やす。同時に、販売台数増による量の確保を通じてコストダウンの取り組みを加速させることで、30年には車体コストを現行から50%削減することを目指す。これらを達成するために、30年までに約5000億円の投資を行う」と井上執行役専務は説明する。

 

ホンダの電動二輪戦略

 

具体的には、2024年に交換式バッテリーを採用したICE(内燃機関)の110cc~125ccに相当する電動二輪車を、インドを皮切りにアセアン、日本、欧州に投入していく。25年には、FUN用途に使えるモデルや、プラグイン充電式の電動二輪車を世界各国に投入していく。さらに30年までにスーパースポーツ、オフロード、キッズ向けバイク、ATVなど幅広い機種を揃える。

 

このようにホンダはフルラインアップを展開することによって、トップの座を維持する考えだが、製造面ではさまざまな工夫を凝らす。モジュールプラットフォームという形で、バッテリー、パワーユニット、車体をそれぞれモジュール化し、これらを組み合わせることでスピーディに、かつ効率よく市場に投入する。しかも、モジュール化を推進して共有化することで、コストも大幅に削減できるそうだ。

 

執行役 電動事業開発本部 二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部長 三原 大樹氏

 

2027年以降に電動二輪の専用工場を稼働

 

電動二輪車の要と言われているバッテリーについては、現在採用している三元系リチウムイオン電池に加え、リン酸鉄リチウムイオン電池の開発を進めており、25年に投入していく。

 

「2つのバッテリーはそれぞれ得意とする出力帯が異なり、コストにも差がある。バッテリーのバリエーションを持つことで、より多くの用途に対応することができ、商品の幅が広がる。用途に合わせて商品を作り分けることができるのがホンダの強みだと考えている」と二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部の三原大樹部長は話し、中長期的には全固体電池の活用も考えているそうだ。

 

また、生産については、2026年までの市場参入期では、既存のICE用のインフラを生かし、柔軟に生産を行っていく。そして、事業拡大期である27年以降をメドに、30年の販売台数400万台の実現に向けて電動二輪車専用の生産工場をグローバルで順次稼働していく。専用工場では、モジュールプラットフォームか技術などを導入することで既存の工場に対し組み立てラインの長さが約40%短くなるそうだ。

 

 

「電動化においては、莫大な投資やバッテリーなどの主要部品のコストの増加により、収益黒字化の実現が非常に厳しいと言われている。電動二輪車も例外ではなく、一定の台数が販売されるまでの間は、ある程度の収益の悪化は避けられないものの、ICE事業の皿ナウ販売台数増加に加え、電動二輪車専用工場の立ち上げ、バッテリーの内製化などにより製造コストを削減し、2030年には電動二輪事業として営業利益率5%以上、二輪事業全体としても10%以上を実現していく」と三原部長は力強く話す。

 

日本の産業史を振り返ると、繊維、造船、鉄鋼、電機と世界ナンバーワンに君臨していた日本企業がその座を追われた。ホンダの二輪事業が世界ナンバーワンであり続けるためにはこれから数年間が勝負の時と言っていいだろう。まずは目標の400万台をクリアしてもらいたいものだ。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。