ジャパンモビリティショーで披露した電動二輪車
ホンダの二輪事業もうかうかしていられなくなった。二輪車にも電動化の波が押し寄せ、市場構造が大きく変わろうとしているからだ。二輪業界で世界トップだが、電動化では乗り遅れており、このままでは将来が危うくなる。現在のホンダは四輪事業が厳しく、二輪事業が屋台骨を支えている状態で、二輪事業で負けるわけにはいかない。そこで、2030年までに電動二輪の製造開発に5000億円を投資し、30モデルを販売することにした。果たして、ホンダは二輪業界で将来もトップであり続けることができるのか。(経済ジャーナリスト・山田清志)
急速に電動化が進む最大のインド市場
「現在、グローバルにおける電動車は、最高速度の違いによってEB(電動自転車)、EM(原付一種の電動二輪車)、EVの3つのカテゴリーに分類することができる。グローバルでの電動車の市場規模は現在約5000万台で、そのうち大半を中国のEMとEBが占めている。しかし、足元では、その他の国においても110ccから125ccのEVが拡大し始めており、市場規模の大きいインドでは、ガソリン価格の上昇などに後押しされ急激に拡大している。また、政府の支援もあり、アセアンでも電動化の兆しが見えている」
ホンダの電動二輪車投入計画
ホンダの電動事業開発本部長の井上勝史執行役専務はこう話す。最大の市場であるインドでは、2021年に約15万台だった電動二輪車の販売が22年には約4倍の62万台まで拡大し、23年はそれを上回る見込みだ。
執行役専務 電動事業開発本部長 井上 勝史氏
その市場を巡って、インド最大の二輪車メーカーであるヒーロー・モトコープをはじめ、ヒーロー・エレクトリック・モーター、アーサー・エナジー、オラ・エレクトリックなど10社以上が電動バイクを販売している。さらに、一旗揚げようと、続々と新興メーカーの参入が相次いでいるという。文字通り、雨後の筍のような状態になっている。
それは戦後の日本と同じで、当時100社以上のメーカーが二輪車を製造販売していた。製薬会社の三共(現第一三共)もハーレーダビッドソンをモデルにした「陸王」を製造販売して一世を風靡した。ホンダも戦後に誕生した新興二輪メーカーの1社に過ぎなかった。
その後、日本の二輪車市場は激しい競争と淘汰の嵐が吹き荒れ、残ったのがホンダ、ヤマハ、カワサキ、スズキの4社だった。特にホンダは「スーパーカブ」が大ヒットし、ハーレーダビッドソンを駆逐し、世界一の二輪車メーカーになった。しかし、今、電動化の進展によって、戦後の日本と同じようなことがグローバルで起こるかもしれないのだ。トップのホンダでも、対応を誤れば、トップの座から転げ落ちる可能性もある。
電動事業開発本部 二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部 電動開発部長 丸山 智千氏
ホンダの二輪電動化比率は1%以下
ホンダは1994年に世界初の電動二輪車「CUV-ES(シーユーブイ イーエス)」を世に送り出し、2018年には日本やアセアンに「PCX ELECTRIC」を投入、そして20年には「BENLY e」を日本で発売してきた。しかし、22年度の電動二輪車の販売台数は、13万台超で、全体の0.7%ほど。二輪車の22年の電動化率は12.8%と言われているので、世界から大きく後れを取っている。
それを挽回すべく、今回、電動二輪の事業戦略を発表した。「まず2030年のグローバルでの電動二輪車販売台数の目標値を、昨年公表した350万台に対して50万台増となる400万台とする。また30年までにグローバルでの電動モデルを、合計で約30モデルまで増やす。同時に、販売台数増による量の確保を通じてコストダウンの取り組みを加速させることで、30年には車体コストを現行から50%削減することを目指す。これらを達成するために、30年までに約5000億円の投資を行う」と井上執行役専務は説明する。
ホンダの電動二輪戦略
具体的には、2024年に交換式バッテリーを採用したICE(内燃機関)の110cc~125ccに相当する電動二輪車を、インドを皮切りにアセアン、日本、欧州に投入していく。25年には、FUN用途に使えるモデルや、プラグイン充電式の電動二輪車を世界各国に投入していく。さらに30年までにスーパースポーツ、オフロード、キッズ向けバイク、ATVなど幅広い機種を揃える。
このようにホンダはフルラインアップを展開することによって、トップの座を維持する考えだが、製造面ではさまざまな工夫を凝らす。モジュールプラットフォームという形で、バッテリー、パワーユニット、車体をそれぞれモジュール化し、これらを組み合わせることでスピーディに、かつ効率よく市場に投入する。しかも、モジュール化を推進して共有化することで、コストも大幅に削減できるそうだ。
執行役 電動事業開発本部 二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部長 三原 大樹氏
2027年以降に電動二輪の専用工場を稼働
電動二輪車の要と言われているバッテリーについては、現在採用している三元系リチウムイオン電池に加え、リン酸鉄リチウムイオン電池の開発を進めており、25年に投入していく。
「2つのバッテリーはそれぞれ得意とする出力帯が異なり、コストにも差がある。バッテリーのバリエーションを持つことで、より多くの用途に対応することができ、商品の幅が広がる。用途に合わせて商品を作り分けることができるのがホンダの強みだと考えている」と二輪・パワープロダクツ電動事業開発統括部の三原大樹部長は話し、中長期的には全固体電池の活用も考えているそうだ。
また、生産については、2026年までの市場参入期では、既存のICE用のインフラを生かし、柔軟に生産を行っていく。そして、事業拡大期である27年以降をメドに、30年の販売台数400万台の実現に向けて電動二輪車専用の生産工場をグローバルで順次稼働していく。専用工場では、モジュールプラットフォームか技術などを導入することで既存の工場に対し組み立てラインの長さが約40%短くなるそうだ。
「電動化においては、莫大な投資やバッテリーなどの主要部品のコストの増加により、収益黒字化の実現が非常に厳しいと言われている。電動二輪車も例外ではなく、一定の台数が販売されるまでの間は、ある程度の収益の悪化は避けられないものの、ICE事業の皿ナウ販売台数増加に加え、電動二輪車専用工場の立ち上げ、バッテリーの内製化などにより製造コストを削減し、2030年には電動二輪事業として営業利益率5%以上、二輪事業全体としても10%以上を実現していく」と三原部長は力強く話す。
日本の産業史を振り返ると、繊維、造船、鉄鋼、電機と世界ナンバーワンに君臨していた日本企業がその座を追われた。ホンダの二輪事業が世界ナンバーワンであり続けるためにはこれから数年間が勝負の時と言っていいだろう。まずは目標の400万台をクリアしてもらいたいものだ。