ソニーの吉田憲一郎会長兼社長
ソニーグループは5月26日、2021年度の経営方針説明会をオンラインで開催。吉田憲一郎会長兼社長は、ゲームや映画、音楽などのエンターテインメント分野を軸に、長期でソニーGとつながる顧客を現在の1億6000万人から10億人に拡大する方針を示した。また、2020年1月にラスベガスで開催されたCESで披露した電気自動車「VISION-S」について、今後も開発を続けていくことを明らかにした。(経済ジャーナリスト・山田清志)
PSネットワークの売り上げは8年間で約10倍に
吉田社長が行った経営方針説明会はまず2021年から20年までの中期経営計画を振り返ることから始まった。「経営の軸は『感動』、そして感動の主体である『人』だ。これらは前任の平井(一夫)が第一次中期経営計画を掲げた2021年から一貫している」と話し、これまでに行った主な施策を説明した。
ネットワークビジネスの拡大
テレビやカメラなどのブランデッドハードウェア事業については、赤字体質からの脱却のために構造改革を実施し、規模を追わずにプレミアム路線に集中して収益力の強化を行った。その結果、2020年度には安定的にキャッシュフローを創出する事業になったという。
また、バッテリーなど一部のデバイス領域で事業継続を断念し、経営リソースをCMOSイメージセンサーへ集中して、思い切った投資を断行。「この事業のフリーキャッシュフローはプラスとなっている。現在の主要市場はモバイル向けのイメージングだが、今後は車載やIoT向けのセンシングが成長領域となる」と、吉田社長はCMOSセンサービジネスの将来に期待を寄せる。
コンテンツIP、DTCへの投資については、2018年のEMIミュージック パブリッシングの買収を契機に過去3年で投資が加速したと説明。「DTC領域における最も大きな成果は、プレイステーション・ネットワークだ。プレイステーション4を発売した2013年度からプレイステーション5を発売した20年度にかけてネットワーク売り上げは約10倍になり、PSプラスのサブスクライバー数も順調に伸びている」と吉田社長。
その結果、2021年3月期決算で最終利益が1兆1717億円と初めて1兆円を超えた。その決算会見で、十時裕樹副社長は「最終利益の1兆円達成は、急に企業が変化したのではなく、10年単位での積み重ねの成果によって実現したものだ」と強調していた。
グループあげて創り出した作品の価値を最大限に
「今後もPurpose(存在意義)を軸とした『感動』の追求や、『人に近づく』という経営の方向性は不変で、われわれがクリエイターやユーザーから選ばれる企業として変化を続ける」と吉田社長は述べ、「さらなる進化のために『サービス』『モバイル』『ソーシャル』における環境変化を機会として捉え、投資力と多様な事業間のグループ連携体制を活かして、進化、成長を目指す」と強調する。
そして、テクノロジーに裏打ちされたクリエイティブエンタテイメントカンパニーの経営方針として、「クリエイティビティ」「テクノロジー」「世界(コミュニティ)」をキーワードに新しい価値を創造していくとした。
「クリエイティビティ」では、クリエイターがクリエイティビティを最大限に発揮できる場や機会を提供し、創り出した作品の価値を最大限に高めることを目指す。その具体例として、「鬼滅の刃」をあげ、原作コミックをテレビアニメ、映画、音楽、そして今後予定しているゲームへの展開など、ソニーグループの多様な事業と連携を図っていく。
2つ目の「テクノロジー」では、「感動バリューチェーンでテクノロジーは不可欠」(吉田社長)との考えのもと、クリエイター向けの「クリエーションテクノロジー」とユーザー向けの「体験テクノロジー」の両方を提供する。
ソニーは創業以来、音と映像のクリエーションテクノロジーを蓄積してきたが、映像領域でコアとなる技術の一つとしてCMOSイメージセンサーを例に挙げる。「CMOSイメージセンサーは、スマホのキーデバイスにとなるもので、世界中のユーザーがクリエイターになることに貢献した。今後も積層技術を活かして、さらなる進化に取り組んでいく」(吉田社長)という。
また、「体験テクノロジー」において、プレイステーション5をあげ、音や映像、コントローラの触覚フィードバックによって、リアリティ、リアルタイム、没入感のあるゲーム体験をユーザーに届けることができたと強調した。さらに、次世代バーチャルリアリティシステムで、プレイステーションVRで培った知見を生かしながら、最新のセンシング技術を盛り込んでいく予定だ。
3つ目の「世界(コミュニティ)」では、感動体験や関心を共有する人々のコミュニティを増やし、広げていく「コミュニティ・オブ・インタレスト」への取り組みを進めていく。「ソニーグループが直接感動を届けることができるコミュニティ・オブ・インタレストのひとつひとつはニッチだが、エンターテインメントはソーシャルによって交わり、広がるようになってきた。現在、ソニーは世界で約1億6000万人の人々とエンターテイメントの動機で直接つながっている。これを10億人に広げたいと考えている」と吉田社長は強調する。
作品価値の最大化
今後数年でモビリティの領域で貢献できる機会が増える
その時期については明確にしなかったが、いまあるコミュニティを大きくしていくことをはじめ、新たなコミュニティ・オブ・インタレストをつくったり、M&Aによって広げたりして10億人達成を目指すそうだ。
そのほか、吉田社長はモビリティについても触れ、「私は2020年のCESでモバイルの次のメガトレンドはモビリティであると述べた。ソニーはこのモビリティの進化への貢献として『VISION-S』というEVの開発を進めており、プロトタイプの製作、公道走行テスト、高速走行下での5Gを用いた通信の実証実験を重ねてきた。今後もVISION-Sについては探索領域として開発を進めていく」と説明する。
特にソニーがモビリティの進化に貢献できる領域として、車載センシングをあげ、2014年の車載向けCMOSイメージセンサーの商品化以降、カメラによる車外センシング、欧州などで一部義務化される車内センシング、LiDARなどの研究開発を積み重ねてきたという。「こうした活動は実を結びつつあり、今後数年の時間軸でモビリティの安全領域でソニーが貢献できる機会が増えつつあることを実感している」と吉田社長は手応えを感じている。
時価総額の推移
さらに、こうしたセンシング技術は、IoTの進化にも貢献できると見ている。2030年には1250億台のIoTデバイスが普及すると言われており、これによってデータ量の爆発や消費電力の大幅な増加が危惧される。
「ソニーは、IoTセンシングにおける情報処理で、CMOSイメージセンサーを用いたエッジソリューションを提供しており、実証実験も着々と進めている。具体的には、目的に応じて学習したAIをCMOSUセンサーに積層されたロジックチップ内に格納し、そこで情報処理するというものだ。このソリューションはIoTにおける情報量と消費電力量を大幅に削減できるものであり、環境負荷低減に貢献すると同時に、セキュリティ、プライバシーに配慮したものになる」と吉田社長は力説する。
このようにソニーは、車載向けやIoT向けのセンシングでも市場を席巻しようと狙っている。また、エンターテインメント分野では顧客基盤を10億人に拡大する目標を掲げており、ソニーの勢いは今後も続いて行きそうだ。