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2019年7月30日【エネルギー】

PSAの経営決断が英国自動車製造に三行半

坂上 賢治

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 グループPSA(本社:フランス・パリ、以下PSA)でCEO(最高経営責任者)を務めるカルロス・タヴァレス氏は、英国新首相に就任した(7月24日付けで英首相に正式就任)ボリス・ジョンソン首相が英国を合意なき離脱に導くのであれば、リバプール郊外エルズミアポート(Ellesmere Port)にある自社グループ傘下の英・ボクソール(Vauxhall)工場の操業を停止することになるとの見解を示した。(坂上 賢治)

 

 

英国自動車産業、衰退の始まりは変化の兆し

 

 タヴァレス氏は、今発言のわずか1ヶ月前の段階で「英国がハード・ブレクジット回避に成功すれば、エルズミアポートで新型小型車の生産にGOサインを出すと語っていた。

過去に主にボクソールブランド車を生産してきた同工場は、英イングランド地域チェシャーウェスト・チェスター北西部のリバプール南東から15キロメートル程南下。リバプール郊外の住宅地を対岸に眺めるマージー川河口の三角江(マンチェスターシップ運河とエルズミア運河の接続部)の左岸にある。この地域は旧くから操業する製油所と共に、同地域の経済を支える工業都市として発展してきた。

 

 

かつて英国自動車製造業を救ったホンダも撤退へ

 

 2000年以降、この工場はかつて米ゼネラル・モーターズ(GM)の傘下であった時代から幾度となく操業停止の危機に揺れてきた。GMは当時、アダム・オペルの姉妹ブランドであるボクソールの再建を前提に経営赤字の削減に腐心してきた経緯がある。

しかしホンダが英国拠点での生産終了を決めたことが引き金となって、かつては欧州屈指の存在であった英国自動車産業界の未来に暗い影を落としている。

 

 

ホンダは世界の自動車産業を取り巻く急激な環境変化に対応するため、欧州地域に向けてシビックなどを生産してきたスウィンドン工場を来たる2022年に閉鎖するべく撤退計画を粛々と進めている。

 

ホンダの決断に日産の他、世界の自動車メーカーも続く

 

 これにより1989年から当地の行政府と手を取り合って、地域を盛り上げてきたホンダと英国との自動車製造を取り巻く歴史が遂に幕を閉じる。この結果、かつて英MGローバー・グループの経営破綻(2005年4月にロングブリッジ工場を閉鎖)で約6000人が職を失って以降、英国最大の雇用削減となった事件が再現され、長年ホンダで働き続けてきた従業員達は露頭に放り出されることになる。

 

このホンダの工場閉鎖計画はかつて2016年時点で欧州第3位の規模にあった英国自動車生産の歴史に深い影を落とし始め、今年初めには日産自動車がイングランド北部のサンダーランド工場で次期エクストレイルを生産するとしていた計画を撤回した。ここに至るまでこのサンダーランド工場も、徐々に衰退し続いてきた英自動車産業界で現行の3割を占める7000人もの雇用を維持し続けてきた。

 

 

もはや英国に於ける自動車製造業の衰退は避けられず

 

 その後これを追うようにジャガー・ランドローバー(JLR)が中国での自動車販売鈍化の影響で、英国を中心としてきた世界生産体制から4500人の人員を削減すると宣言。さらに米フォード・モーターも、かつて2005年9月にブラウンズ・レーン工場に於ける生産休止を決断した時と同じく、ウェールズのブリジェンド、ロンドン近郊のダゲナムにあるエンジン製造工場の先行きに不穏な空気が形成され始めつつあり、地元労働組合や当地の産業界、行政府から失望の声が上がっている。

 

このような同国の自動車生産を巡る過酷な状況を踏まえ、エルズミアポートの従業員が加盟する労組は、かつての2006年の4月、PSAがイングランド中部コベントリーのライトン工場を閉鎖(2300人の工場従業員を削減)した時と同じくタヴァレスCEOはいずれ工場閉鎖を決断しなければならない事態を想定していたのであり、この流れは避けられない状況に近づいているとささやき合っている。

 

 

静かに押し寄せるCASEやMaaSが事業構造の再編を促す

 

 英国産業界は目下、製造業からサービス産業などに労働人口の移動が加速化されており、企業側の呼び出しにその都度応じて勤務する派遣労働契約者や失業率自体も1975年以来の最低水準を記録している。つまり産業構造の流動化で現在の地域・現在の職種で働き続けることは難しい時代を迎えている。

 

この流れに自動車産業も取り込まれており、CASEやMaaSが自動車産業をモビリティ事業への移行を促すに連れ、欧州でも何年にも亘って新車需要が減少している。ゆえにオペル・ボクソールの現オーナーにあたるPSAが、英国工場を必要とする未来もなかなか望み難い状況にきているのだ。英国のハード・ブレクジットの可能性が高まるに連れ、当地労組の抵抗如何によらず痛みを伴う事業構造の再編が一層進む可能性が現実を帯び始めている。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

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1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

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1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

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日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

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(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

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1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。