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2020年7月21日【オピニオン】

10年ぶりの新型車投入に見る日産の現在地

熊澤啓三

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2020

– MOBILITY INSIGHT –
本記事は平素、雑誌版に上稿頂いている識者によるNEXT MOBILITYの連載コラムです

 

“ゴーンショック”に象徴される経営陣のゴタゴタと経営不振の続く日産自動車が、6月に日本国内市場で新型車「日産キックス」を発表・発売した。需要の伸びが顕著なコンパクトSUV市場における待望の新型車であり、“ポスト・ゴーン&西川”の行方を占う試金石的な戦略車種だと言えよう。(熊澤 啓三 アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント)

 

個人的な興味もあり、早速最寄りの販売店で試乗をしてみた。6月24日にウェブ上で行われた発表記者会見での触れ込み通りに、日産独自のハイブリッド型パワートレイン“e-POWER”はレスポンスがとても良かった。さらに、アクセルペダルのワンペダル操作だけで、加速はもちろん減速もコントロール可能な“e-POWER ドライブ”の有用性や、秀逸な最小回転半径の実現など、いわゆる「走る・曲がる・止まる」の基本機能を今風に高いレベルで融合させていると率直に感じた。

 

少なくとも日産が今、持てる商品化技術と知見を結集して開発した新型車であることに疑いはない。日産としては、軽自動車を除けば、日産リーフが登場した2010年以降実に約10年ぶりの新型車である。試乗担当の販売店のスタッフが「これでやっと明るい気持ちで売ることができます。いろいろありましたから」と安堵感一杯に話してくれたのがとても印象的であった。

 

 

日産にとって期待の大きいこの新型車キックスだが、商品・マーケティング戦略面ではいくつかリスクを覚悟した思い切った判断が見られる。具体的には、まずパワートレインを“e-POWER”一本に絞ったこと。次に、こうしたタイプのSUVでは当たり前に感じる4WDの設定がないこと。そして、先進運転支援システムの“プロパイロット”が、高速道路での自動運転を事実上可能にする最新型第二世代ではなく、第一世代のものを搭載したことである。これらの判断に共通している点は、いわゆる“選択と集中”であろう。

 

これらはいずれも、コスト等に目をつぶれば技術的には別の選択肢もあったはずだ。“e-POWER”のみでガソリン車設定がないラインアップには、ノートやセレナで獲得したユーザーからの“e-POWER”評価への自信を窺わせる一方で、特に価格面でユーザーの選択肢を狭めるリスクがある。また、4WD車の非設定は、実用面では北海道などの雪国や寒冷地での限定的な販売障壁にとどまるが、商品ブランディング上は目に見えない影響を受けるリスクがある。

 

さらに“プロパイロット”で最先端仕様の採用を見送った点については、コストの問題以上に「不退転の覚悟のはずの新型車に古い技術を搭載」と言ったややネガティブな印象を持たれるリスクがある。しかし、こうしたリスクを承知の上で、日産復活の象徴になるべき“売れる新型車”としてのギリギリの仕様選択をしたことが感じられる。

 

 

これらの点については、件の販売スタッフも内心は心配しているであろうが、それでもとにかく「やっと売れそうな車をメーカーが出してくれた」という喜びが見てとれた。裏返して言えばそれだけ、世界戦略の中で日本市場を軽視してきたメーカーの旧経営陣の方針や、販売現場不在の一連のゴタゴタにウンザリしていたのだろう。

 

「選択と集中」戦略の徹底に活路

 

日産キックスは、西川前社長の後を受け継いだ内田社長にとっても、社長就任後初の国内新型車である。内田社長は5月の決算発表と6月の株主総会のいずれでも「ホームマーケットとしての日本市場の重要性」を強調していた。また、今後3年間で“e-POWER”と“EV”搭載の電動新型車を12車種集中投入し、日産車の電動化率を60%まで引き上げると表明している。これらは言い換えれば、日本の重点市場化、SUVなど商品設定の重点化、あるいは“e-POWER”やプロパイロットなど採用技術の重点化など、いずれも経営判断としての「選択と集中」の徹底を決意したことに他ならない。

 

 

「選択と集中」は、一義的には耳触りのいい言葉に聞こえるが、実は一歩間違えれば企業規模のダウンサイジングを余儀なくされるハイリスクな戦略でもある。とりわけ3年後までに電動化比率60%という急速な電動化戦略は、市場ニーズが日産の思惑通りに自然拡大しなければ、日産自らが電動化市場を創り出していかなければならない大きなリスクを孕(はら)む。内田社長は様々なリスクを承知の上で、こうした戦略に日産の復活を賭けたとも言える。今後の内田社長の経営判断と覚悟に大いに注目したい。

 

熊澤 啓三
株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

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坂上 賢治

NEXT MOBILITY&MOTOR CARS編集長。日刊自動車新聞を振り出しに自動車産業全域での取材活動を開始。同社の出版局へ移籍して以降は、コンシューマー向け媒体(発行45万部)を筆頭に、日本国内初の自動車環境ビジネス媒体・アフターマーケット事業の専門誌など多様な読者を対象とした創刊誌を手掛けた。独立後は、ビジネス戦略学やマーケティング分野で教鞭を執りつつ、自動車専門誌や一般誌の他、Web媒体などを介したジャーナリスト活動が30年半ば。2015年より自動車情報媒体のMOTOR CARS編集長、2017年より自動車ビジネス誌×WebメディアのNEXT MOBILITY 編集長。

松下次男

1975年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として国会担当を皮切りに自動車販売・部品産業など幅広く取材。その後、長野支局長、編集局総合デスク、自動車ビジネス誌MOBI21編集長、出版局長を経て2010年論説委員。2011年から特別編集委員。自動車産業を取り巻く経済展望、環境政策、自動運転等の次世代自動車技術を取材。2016年独立し自動車産業政策を中心に取材・執筆活動中。

間宮 潔

1975年日刊自動車新聞社入社。部品産業をはじめ、自動車販売など幅広く取材。また自動車リサイクル法成立時の電炉業界から解体現場までをルポ。その後、同社の広告営業、新聞販売、印刷部門を担当、2006年に中部支社長、2009年執行役員編集局長に就き、2013年から特別編集委員として輸送分野を担当。2018年春から独立、NEXT MOBILITY誌の編集顧問。

片山 雅美

日刊自動車新聞社で取材活動のスタートを切る。同紙記者を皮切りに社長室支社統括部長を経て、全石連発行の機関紙ぜんせきの取材記者としても活躍。自動車流通から交通インフラ、エネルギー分野に至る幅広い領域で実績を残す。2017年以降は、佃モビリティ総研を拠点に蓄積した取材人脈を糧に執筆活動を展開中。

中島みなみ

(中島南事務所/東京都文京区)1963年・愛知県生まれ。新聞、週刊誌、総合月刊誌記者(月刊文藝春秋)を経て独立。規制改革や行政システムを視点とした社会問題を取材テーマとするジャーナリスト。

山田清志

経済誌「財界」で自動車、エネルギー、化学、紙パルプ産業の専任記者を皮切りに報道分野に進出。2000年からは産業界・官界・財界での豊富な人脈を基に経済ジャーナリストとして国内外の経済誌で執筆。近年はビジネス誌、オピニオン誌、経済団体誌、Web媒体等、多様な産業を股に掛けて活動中。

佃 義夫

1970年日刊自動車新聞社入社。編集局記者として自動車全分野を網羅して担当。2000年出版局長として「Mobi21」誌を創刊。取締役、常務、専務主筆・編集局長、代表取締役社長を歴任。2014年に独立し、佃モビリティ総研を開設。自動車関連著書に「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)など。執筆活動に加え講演活動も。

熊澤啓三

株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。

福田 俊之

1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。