2020
– MOBILITY INSIGHT –
本記事は平素、雑誌版に上稿頂いている識者によるNEXT MOBILITYの連載コラムです
“ゴーンショック”に象徴される経営陣のゴタゴタと経営不振の続く日産自動車が、6月に日本国内市場で新型車「日産キックス」を発表・発売した。需要の伸びが顕著なコンパクトSUV市場における待望の新型車であり、“ポスト・ゴーン&西川”の行方を占う試金石的な戦略車種だと言えよう。(熊澤 啓三 アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント)
個人的な興味もあり、早速最寄りの販売店で試乗をしてみた。6月24日にウェブ上で行われた発表記者会見での触れ込み通りに、日産独自のハイブリッド型パワートレイン“e-POWER”はレスポンスがとても良かった。さらに、アクセルペダルのワンペダル操作だけで、加速はもちろん減速もコントロール可能な“e-POWER ドライブ”の有用性や、秀逸な最小回転半径の実現など、いわゆる「走る・曲がる・止まる」の基本機能を今風に高いレベルで融合させていると率直に感じた。
少なくとも日産が今、持てる商品化技術と知見を結集して開発した新型車であることに疑いはない。日産としては、軽自動車を除けば、日産リーフが登場した2010年以降実に約10年ぶりの新型車である。試乗担当の販売店のスタッフが「これでやっと明るい気持ちで売ることができます。いろいろありましたから」と安堵感一杯に話してくれたのがとても印象的であった。
日産にとって期待の大きいこの新型車キックスだが、商品・マーケティング戦略面ではいくつかリスクを覚悟した思い切った判断が見られる。具体的には、まずパワートレインを“e-POWER”一本に絞ったこと。次に、こうしたタイプのSUVでは当たり前に感じる4WDの設定がないこと。そして、先進運転支援システムの“プロパイロット”が、高速道路での自動運転を事実上可能にする最新型第二世代ではなく、第一世代のものを搭載したことである。これらの判断に共通している点は、いわゆる“選択と集中”であろう。
これらはいずれも、コスト等に目をつぶれば技術的には別の選択肢もあったはずだ。“e-POWER”のみでガソリン車設定がないラインアップには、ノートやセレナで獲得したユーザーからの“e-POWER”評価への自信を窺わせる一方で、特に価格面でユーザーの選択肢を狭めるリスクがある。また、4WD車の非設定は、実用面では北海道などの雪国や寒冷地での限定的な販売障壁にとどまるが、商品ブランディング上は目に見えない影響を受けるリスクがある。
さらに“プロパイロット”で最先端仕様の採用を見送った点については、コストの問題以上に「不退転の覚悟のはずの新型車に古い技術を搭載」と言ったややネガティブな印象を持たれるリスクがある。しかし、こうしたリスクを承知の上で、日産復活の象徴になるべき“売れる新型車”としてのギリギリの仕様選択をしたことが感じられる。
これらの点については、件の販売スタッフも内心は心配しているであろうが、それでもとにかく「やっと売れそうな車をメーカーが出してくれた」という喜びが見てとれた。裏返して言えばそれだけ、世界戦略の中で日本市場を軽視してきたメーカーの旧経営陣の方針や、販売現場不在の一連のゴタゴタにウンザリしていたのだろう。
「選択と集中」戦略の徹底に活路
日産キックスは、西川前社長の後を受け継いだ内田社長にとっても、社長就任後初の国内新型車である。内田社長は5月の決算発表と6月の株主総会のいずれでも「ホームマーケットとしての日本市場の重要性」を強調していた。また、今後3年間で“e-POWER”と“EV”搭載の電動新型車を12車種集中投入し、日産車の電動化率を60%まで引き上げると表明している。これらは言い換えれば、日本の重点市場化、SUVなど商品設定の重点化、あるいは“e-POWER”やプロパイロットなど採用技術の重点化など、いずれも経営判断としての「選択と集中」の徹底を決意したことに他ならない。
「選択と集中」は、一義的には耳触りのいい言葉に聞こえるが、実は一歩間違えれば企業規模のダウンサイジングを余儀なくされるハイリスクな戦略でもある。とりわけ3年後までに電動化比率60%という急速な電動化戦略は、市場ニーズが日産の思惑通りに自然拡大しなければ、日産自らが電動化市場を創り出していかなければならない大きなリスクを孕(はら)む。内田社長は様々なリスクを承知の上で、こうした戦略に日産の復活を賭けたとも言える。今後の内田社長の経営判断と覚悟に大いに注目したい。
熊澤 啓三
株式会社アーサメジャープロ エグゼクティブコンサルタント。PR/危機管理コミュニケーションコンサルタント、メディアトレーナー。自動車業界他の大手企業をクライアントに持つ。日産自動車、グローバルPR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン、エデルマン・ジャパンを経て、2010年にアーサメジャープロを創業。東京大学理学部卒。