– MOBILITY INSIGHT –
本記事は平素、雑誌版に上稿頂いている識者によるNEXT MOBILITYの連載コラムです
〽涙枯れても 夢よかれるな 二度と咲かない 花だけど・・・・。内山田洋とクール・ファイブのヒット曲「逢わずに愛して」の出だしである。半世紀前の1969年の発売だが、昭和世代のオヤジ族にはお馴染みの懐メロ演歌で、今でもカラオケ好きなら持ち歌のレパートリーとしてマイクを片手に熱唱している人も少なくあるまい。
自動車各社、異例ずくめの2020年3月期決算の記者会見
その懐メロのことはともかく、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、例年よりも遅れて大型連休明けから本格化した自動車大手の2020年3月期決算は異例ずくめだった。
11年ぶりに赤字転落した日産自動車が5月28日に発表したことで、各社出そろったが、今回の決算記者会見は、政府の「緊急事態宣言」の発令を受け、外出自粛を続ける中、健康と安全面に配慮して手探りでテレワークを進めるなど、その取り組みへの苦労がにじむ。例えば、トヨタ自動車やホンダ、日産はインターネットによるオンライン会見、また、マツダ、スバル、三菱自動車、スズキなどは映像のない音声のみの電話回線での会見だった。
会見への参加はメールによる登録制で、記者との質疑応答も各社の対応はさまざま。トヨタや日産は双方の映像がネット画面上に映し出されるWeb中継で、従来の本社などの会場での発表とそれほど違和感はない。だが、ホンダのように事前に提出した質問事項を司会進行役の広報担当者が順番に読み上げて、その質問に八郷隆弘社長らが答えるという一方的な進め方では、まるで選挙期間中に流れる無味乾燥な「政見放送」を視聴しているようで臨場感に欠く。
それならば、マツダやスバルなどのように映像こそ映らないが、電話だけでも記者が直接質問して担当役員らが答えるほうが、むしろ、顔が見えないながらもあれこれ想像をめぐらすことで発言の真意が読み取れる。スズキの電話会議には満90歳を迎えた鈴木修会長も出席していた。直接、元気な姿を拝むことができなかったのは残念が、それでも「数多くの危機を経験したが、とにかく、自信と行動力をもってチームスズキが一丸となって克服したい」と、声を枯らしながらも頑張る心意気は伝わった。
今回のコロナ対策を契機に冒頭の懐メロのタイトルではないが、「逢わず」というよりも「逢えず」のままのオンライン会見が、これからも「新しい日常」となりそうな気配がする。普段から発表会場に来ても登壇者の話す姿もほとんど見ないで、一生懸命パソコンのキーボードを叩いているような速報性を求めるメディアの記者には移動時間が短縮されるので好都合だろう。
しかし、決算会見に限らず取材の基本は「現地現物」の”濃厚接触”が染み着いている私のようなアナログ世代の古いタイプの記者にはもどかしさを感じてならない。本音などを聞き出すために役立つ会見後の”囲み取材”の習わしも絶滅しそうで、会社側の判断で取材時間を切られてしまいそうなのも心配だ。もっとも、最近はボイスレコーダーやテレビ映像のカメラを回しての”囲み取材”が多く、昔ながらのオフレコ取材が少なくなったのもやるせない気持ちが募る。
豊田社長「リーマン時よりもはるかに大きいインパクト」
さて、話題が横道にそれてしまったが、肝心かなめの決算の中身である。世界各地の新車販売の急減、下請けの部品メーカーを含めて生産活動の抑制は続いており、日本経済をけん引するトヨタに限らず、自動車各社は未曽有の”コロナ危機”に直面している。豊田章男社長も決算会見で、「コロナショックはリーマン・ショック時よりもインパクトははるかに大きい」と危機感を示したほどである。
今期の業績予想については現時点での合理的な算定は難しく、各社は軒並み「未定」としたが、そんな中、トヨタだけは「車産業はすそ野が広く、分かっていることを正直に話し、一つの基準を示すことで関係各社が何かしらの計画や準備ができる」(豊田社長)として大まかな見通しを開示した。
21年3月期の連結売上高は前期比19.8%減の24兆円、本業のもうけを示す営業利益を79.5%減の5000億円とかろうじて黒字を維持する見込みだが、衝撃的なのは1年間のダイハツ、日野を含めたトヨタグループの新車販売台数で、前期より155万台%少ない890万台としていることだ。東日本大震災以来9年ぶりに1000万台を下回る見通しで、減少は08年9月に起きたリーマン危機後の110万台よりも大きい落ち込みを予想している。
確かに、コロナ発信源の中国のほか、北米でも5月中旬からトヨタやホンダ、米国拠点のGM、フォード、テスラなども工場再開に漕ぎつけた。国内でも緊急事態宣言が解除され、経済活動のアクセルを踏む動きも出始めた。
ただ、その基準となる目安だが、トヨタの説明によると、世界の自動車市場はこの4月~6月を底に徐々に回復し、販売台数が6月末までに前年同期の6割程度、9月で8割、12月には9割と、年末から21年前半にかけて「前年並みに戻る」ことを想定しているという。
トヨタの予想のように年末から21年前半には「前年並みに戻る」ことも希望的観測としては成り立つ。ただし、世界の感染者は560万人を超えて死亡者数は36万人に迫る。生産に必要な労働力や部品の確保には相当時間がかかる。企業倒産も増加してリストラ・失業などによる所得の悪化で家計は消費に慎重にならざるを得ない。
国内に目を向けてもマイカーは「3密」(密接、密集、密閉)回避の移動には適するが、2枚の布マスクと一律10万円の給付金では、新車を購入する意欲もわいてこない。第2波、第3波の感染拡大を防ぐには有効な治療薬とワクチン開発が急務だが、収束のめどが立たないうちはV字回復というシナリオを描くのは難しい。
緊急事態宣言が全面解除されたとはいえ、「涙枯れても 夢よかれるな・・・」などとカラオケに興じるどころではなく、トヨタの21年前半には「前年並み」予想が「机上の空論」に終ってしまうリスクも考えておく必要があるだろう。
福田 俊之
1952年東京生まれ。産業専門紙記者、経済誌編集長を経て、99年に独立。自動車業界を中心に取材、執筆活動中。著書に「最強トヨタの自己改革」(角川書店)、共著に「トヨタ式仕事の教科書」(プレジデント社)、「スズキパワー現場のものづくり」(講談社ピーシー)など。