化学置換不要で高伝導度を示す新型プロトン伝導体は燃料電池やセンサー等の発展に貢献
東京工業大学 理学院 化学系の村上泰斗特任助教と八島正知教授らの研究グループは6月10日、中低温域で世界最高水準のプロトン(H+、水素イオン)伝導度を示す新材料Ba5Er2Al2ZrO13(バリウム、エルビウム、アルミニウム、ジルコニウムおよび酸素から構成される酸化物。六方ペロブスカイト関連酸化物のひとつ)を発見したと発表した。(坂上 賢治)
さらに同研究グループは豪州原子力科学技術機構(ANSTO)のヘスター・ジェームス博士と共同で、中性子回折測定(中性子回折を利用して物質の結晶構造を調べる手法)と、結晶構造解析を行い、同新材料が示す高いプロトン伝導度(外部電場を印加したときプロトンが伝導する物質)の発現機構を明らかにした。
今回発見した新型プロトン伝導体(プロトン伝導体には純プロトン伝導体やプロトン-電子混合伝導体などがある)は、化学置換(化合物中の原子の一部を別の元素の原子で置換すること)無しで高いプロトン伝導度を示すことから従来の問題点とは無縁であり、新型プロトン伝導体およびその設計法として幅広い分野での応用が期待される。
現在、実用化されている固体酸化物形燃料電池(SOFC)は動作温度が高いため、低コスト化・用途拡大のために中低温域(300~600 ℃)で高いプロトン伝導度を示す材料が求められている。従来の候補材料では、高い伝導度を実現するために化学置換が必要であり、安定性や高純度試料の合成に難があった。なお本研究成果は、2020年5月15日にアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」電子版に掲載された。
中性子回折実験と結晶構造解析により、高いプロトン伝導度の起源を解明
ちなみにこのプロトン伝導体は水素ポンプや水素センサー、燃料電池など幅広い応用例のあるクリーンエネルギー材料として期待されている。特にプロトン伝導体を燃料電池の電解質材料として用いた場合、従来の酸化物イオン伝導体を用いた燃料電池と比べ、デバイスの低温作動化が期待される。
このため中低温域(300~600 ℃)で高いプロトン伝導度を示す材料が求められてきたが、既存の材料の結晶構造(結晶中の原子配列を結晶構造という)はフェルグソナイト型構造(鉱物フェルグソン石と同じ結晶構造)やABO3ペロブスカイト型構造などに限られていた。
また、これらの既存材料の母物質の伝導度は低いため、高い伝導度を実現するために化学置換やドーピングが必要であり、材料の安定性や均一性に問題があった。
一方、六方ペロブスカイト関連酸化物(鉱物ペロブスカイトCaTiO3と同じあるいは類似した結晶構造を持ち、一般式ABO3で表される酸化物をABO3ペロブスカイト型酸化物)は、広義のペロブスカイトの一種であり、様々な結晶構造や物理的・化学的特性を示す物質が知られている。
これまでは中低温域で高いプロトン伝導度を示す材料が立方ペロブスカイト型酸化物で多く報告されている一方、六方ペロブスカイト関連酸化物はプロトン伝導体としてほとんど検討されてこなかった経緯がある。
固体酸化物形燃料電池の低コスト化・用途拡大など多様な分野に応用可能
そうしたなか八島教授らの研究グループは、六方ペロブスカイト関連酸化物のひとつであるBa5Er2Al2ZrO13が中低温域で高いプロトン伝導度を示すことを発見した。既存のプロトン伝導体の多くは、格子中の陽イオンの一部を低価数の陽イオンで化学置換することで酸素空孔(結晶中の酸素が存在する席またサイト上で原子が欠けているところを酸素空孔と呼ぶ)を導入し、プロトン伝導体と水蒸気H2Oが反応して、酸素空孔にH2OのOが入ると共に、プロトンがプロトン伝導体に取り込まれることでプロトン伝導性が現れる。
しかし今回発見した新材料では、結晶中のh′層に元々酸素空孔が存在するため、化学置換無しで高いプロトン伝導度を示すことが明らかになった(図1)。さらに、結晶構造解析と熱重量測定[用語9]から、実際にプロトンがh′層に存在し、電気伝導を担っていることを示した。
以上を踏まえ本今回の同研究で見出したBa5Er2Al2ZrO13のプロトン伝導度は、中低温域において立方ペロブスカイト型酸化物以外の物質群で最も高い値であり、六方ペロブスカイト関連酸化物がプロトン伝導体の新構造ファミリーとして高いポテンシャルを持つことを示している。
六方ペロブスカイト関連酸化物には、Ba5Er2Al2ZrO13のように構造中にh′層を持つ物質が他にも多く知られており、それらの物質も高いプロトン伝導度を示す可能性がある。つまり同研究成果はプロトン伝導体の新たな設計指針を示すものであり、今後、新たなプロトン伝導体が数多く発見される可能性がある。加えてBa5Er2Al2ZrO13を燃料電池・センサーなどに応用した材料の開発にも期待が高まっている。