研究で開発した水素ラジカル発生装置と反応炉の概念図
NIMSと筑波大学は、従来は25%が限界といわれていた半導体用高純度シリコンを生成するシーメンス法のSi収率を向上させることに成功した。(坂上 賢治)
シリコン (Si) はごくありふれた元素だが、コンピューターや太陽電池などに利用される重要な戦略物質でもある。特にシリコンに関してはエネルギー問題の解決に向け、2040年に世界の太陽光発電累積導入量推定が1TWを越えると見込まれていることに大きな関わりがある。というのは、これを実現するには108トン以上にも及ぶ高純度シリコンが必要となるからだ。
一方で一般に太陽電池にも用いられる純度の高い半導体級シリコンを作製するシーメンス法は、三塩化ケイ素(SiHCl3)を原料として水素ガスによる還元反応を利用してSiを生成する方法だ。しかし、シーメンス法が行われる大気圧、1200℃の環境下では、原料であるSiHCl3の熱分解が優先的に起こり、副生成物として化学的に安定な四塩化ケイ素 (SiCl4) が発生してしまう。つまりSi生成収率が25%と工業化学プロセスとして非常に低いことが課題となってくる。
そこで反応性の高い水素ラジカルを大気圧で発生・輸送できる装置を開発し、シリコン製造ラインに導入して副反応物の発生を抑えることで収率が15%以上向上させる試みに期待が集まる。また今後、コンピューターや太陽電池向けに需要が高まる高純度シリコン生成プロセスの改善や低コスト化にも有望だ。
NIMSと筑波大学による今研究チームは、水素ラジカルを用いればSiCl4を生成させることなくSiを生成できること。また化学的に安定なSiCl4からもSiを生成できることを熱力学的に予測してきた。しかしながら反応性の高い水素ラジカルを大気圧で発生させ、その効果を検証する研究を行ってこなかった。
今回はタングステン熱フィラメントによって大気圧以上で水素ラジカルを発生させて、圧力差を利用して水素ラジカルを別の反応炉に輸送する装置を開発することで、反応性が高いにも関わらず、水素ラジカルは長寿命で大気圧でも数10cmの距離を輸送できることを確認できた。
そしてこの装置を用いて水素ラジカルによるシーメンス法の副生成物であるSiCl4の還元反応 (Si生成) を行ったところ、より低温で大気圧でもSiをより効率的 (現時点では15%) に生成することに成功した。
大量のSi材料を低コストで生産するためにも、Si収率の向上が見込める水素ラジカル発生装置の実用化が有望で今後、シーメンス炉に水素ラジカルを直接導入するだけなく、廃棄ガス処理プロセスに水素ラジカルを導入するなど、Si収率向上に向けたプロセスの開発を目指してく構えだ。
なお同研究は、国立研究開発法人物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点次世代半導体グループ角谷正友 主席研究員と岡本裕二 研修生 (筑波大学大学院博士課程、現 出光興産株式会社) 、および国立大学法人筑波大学 数理物質系物質工学域 鈴木義和准教授の研究チームによって行われた。
研究の一部は 、JSPS特別研究員奨励費 (岡本 「水素ラジカル還元法による高純度シリコンの高効率作製プロセスの開発」DC2) 、JST地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム (サハラを起点とするソーラーブリーダー研究開発 鯉沼秀臣 代表 2010 – 2014) の一環として実施。研究成果は、2020年7月27日にScience and Technology for Advanced Material誌にてオンライン掲載されている。