図1 要素技術を集積したパイロットラボ
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下、NEDO)と神戸大学は、植物や微生物を用いた高機能品生産技術の開発(スマートセルプロジェクト)に取り組んでいる。NEDOは2月17日、このプロジェクトで開発してきた要素技術を集積したパイロットラボを神戸大学先端融合研究環の統合研究拠点内に整備したと発表した。
このパイロットラボでは、独自に開発した長鎖DNA合成技術やハイスループット組み換え技術、高速・高精度の細胞代謝物測定技術を組み合わせることで、スマートセルを従来の5分の1以下の期間で開発できる。今後、実際に企業などがパイロットラボを「スマートセル開発プラットフォーム」のプロトタイプとして広く活用することにより、ターゲットとする特定の物質に対するスマートセルを高速で構築し、高機能な化学品や医薬品原料などをバイオプロセスにより効率よく生産する次世代産業「スマートセルインダストリー」の創出を目指すとしている。
1.概要
NEDOは、2016年度から2020年度まで植物や微生物の細胞が持つ物質生産能力を人工的に最大限引き出した「スマートセル」によるものづくの実現を目指して「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発※1」(以下、スマートセルプロジェクト)に取り組んでいる。この中で化学合成では生産が難しい有用物質を創製したり、従来以上の生産性を実現したりすることを目的に、スマートセルの構築に関する基盤技術および特定の生産物質における実用化技術の開発を推進している。
※1
植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発研究開発項目:高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発
事業期間:2016~2021年度
事業・プロジェクト概要:植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発
このプロジェクトでは開発している基盤技術を中心に先端的なバイオテクノロジーと計算科学を組み合せることで、設計(Design)、構築(Build)、試験(Test)、学習(Learn)のワークフロー(DBTL)を展開し、医薬品を含むファインケミカルやバイオベース化学品、バイオ燃料などのさまざまな有用物質生産にバイオプロセスを取り入れ、ものづくりを加速させることを目指している。
今回、NEDOと神戸大学は、スマートセルを開発するプラットフォームの構築を目指し、スマートセルプロジェクトに参画するさまざまな機関が協同開発した要素技術群が集積されたパイロットラボを神戸大学先端融合研究環の統合研究拠点内に整備した(図1)。このパイロットラボでは、既存の手法では数年かかっていたスマートセルの開発を、独自に開発した長鎖DNA合成技術やハイスループット組み換え技術と高速・高精度の細胞代謝物測定技術を組み合わせることで従来の5分の1以下の期間で実現できる。今後、実際に企業などがパイロットラボを「スマートセル開発プラットフォーム」のプロトタイプとして広く活用することにより、ターゲットとする特定の物質に対するスマートセルを高速に構築し、高機能な化学品や医薬品などを効率よく生産する次世代産業「スマートセルインダストリー」の創出を目指す。
2.今回の成果
このプロジェクトでは、スマートセル開発を飛躍的に加速するDBTLワークフロー(図2)を構築するために、情報科学、バイオ工学、ロボット技術を駆使した要素技術の研究開発を進めてきた。さらに、各要素技術が円滑に連携し、スマートセルの開発プラットフォームとして機能することを実証するために、要素技術を集積したパイロットラボを整備した。要素は以下のとおり。
図2 DBTLワークフロー
・設計(Design)
このプロジェクトで開発されたさまざまな情報科学的手法をネットワーク経由で利用し、目的物質の生産能力を高める微生物の改変を実現する代謝経路やDNA配列などを設計する。これを支援するために、パイロットラボには情報解析ツールを操作しながら微生物設計に関する議論を行うコミュニケーションスペースを用意した。
・構築(Build)
Designで設計したDNA配列を実際に合成する「長鎖DNA合成システム」を備えており、多数の遺伝子を1回の操作で導入可能な30kbに及ぶ長鎖DNAが合成可能。合成した長鎖DNAを用いることで、10以上の遺伝子の発現を同時に制御して目的物質への代謝を促進し、ゲノム編集技術※2と組み合わせることで複数の遺伝子を一挙に破壊することができる。さらに、合成したDNAを数十の微生物に並列して同時に導入することができる「ハイスループット※3微生物構築システム」を備えている。
※2 ゲノム編集技術生物が持つゲノム上の特定の塩基配列を狙って改変する技術。塩基配列を書き換えたり、欠損させたりすることができる。
※3 ハイスループット評価系の改良やロボティクスを駆使して作業効率を向上させること。これらのハイテク技術により作業効率が大幅に向上した。
・試験(Test)
Buildで構築した膨大な微生物ライブラリーから有望な微生物をごく短時間でスクリーニングする「ハイスループット評価システム」を備えており、目的化合物の生産量や遺伝子配列の情報を速やかに取得することができる。また、Learnでの学習に寄与する高精度なメタボロームデータをハイスループットに取得する「高速高精度メタボローム解析※4システム」を備えている。このシステムには、メタボローム解析の測定を行うLC/MS/MS※5に試料を提供する微生物培養から代謝物抽出までの、一連のプロセスを自動化した「自動前処理システム」が含まれており、作業に習熟した研究員を超える精度と手技の20倍のスループットを実現している。
※4 メタボローム解析細胞に含まれる低分子化合物(代謝物)の蓄積量を網羅的に測定すること。
※5 LC/MS/MS液体クロマトグラム/三連四重極質量分析計。100種以上の代謝物の一斉測定が可能。
・学習(Learn)
Testで取得した測定データを元に、プロジェクトで開発した解析ツールを用いて、目的物質の生産能力向上に資する知識を抽出・整理・集積する。このプロジェクトでは新規に「統合情報データ管理システム」を構築し測定データや微生物/DNA情報を一元管理しており、そのサーバーシステムがパイロットラボにおいて運用されている。
このパイロットラボでは、上記のDesign-Build-Test-Learnの要素技術を組み合わせることで、スマートセルを短期間で開発できる。BuildとTestでは、ロボット技術を駆使した自動化が推進されているが、さらなる自動化・ハイスループット化のためには、配置した要素技術間の連携を最適化する必要があり、パイロットラボを活用してDBTLワークフローを回すことで、最も効率の良いロボットと手技のバランスを検討しロバストなワークフローを確立することが可能だとしている。