10月中旬に幕張メッセで開催された「CEATEC2019」には787社・団体が出展し、さまざまな製品が展示された。その中で来場者の注目を浴びた一つがNECの空飛ぶクルマの試作機と言えるだろう。その周りには常に人が集まり、しきりに写真を撮っていた。NECは本当に空飛ぶクルマを世の中に出すのだろうか。(経済ジャーナリスト・山田清志)
8月に浮上実験に成功
NECは今回のCEATEC2019にスマートシティを実現するために「Public Safety」「Digital Government」「Smart Transportation」「City Management」「Digital Healthcare」の5つの領域でソリューションを提供した。そのなかで、ブースの真ん中に展示されたのがSmart Transportationの空飛ぶクルマの試作機だ。
8月5日には、同社の我孫子事業所に新設された実験場で浮上実験に成功した
「なんか空飛ぶクルマばかりが目立ってしまって、ほかのものが霞んでしまった感じがした」と遠藤信博会長はレセプションパーティの会場で感想を述べたが、その表情は笑顔で溢れていた。次から次への写真を撮る人が現れれば当然だろう。そして、「いろいろな展開が考えられそうだ」とつぶやく。
NECはこれまで経済産業省と国土交通省が設立した「空の移動革命に向けた官民協議会」に参画するとともに、日本初の空飛ぶクルマの開発活動団体「CARTIVATOR(カーティベーター)」を運営する一般社団法人カーティベーター リソース マネジメントとスポンサー契約を締結し、空飛ぶクルマの機体開発の支援を行ってきた。
その理由は、NECが航空管制システムや衛星運用システムなどに携わっており、そこで培ってきた管制技術や無線通信技術を、無人航空機の飛行制御技術を活用して、空飛ぶクルマの実現に向けて検討を進めてきたからだ。
今回開発した試作機は、全長約3.9m、幅3.7m、高さ1.3mで、フレームは炭素繊維強化プラスチック。モノコック構造を採用することで軽量化を図り、重量は150kg未満だという。空飛ぶクルマに必要となる、自律飛行や機体位置情報把握(GPS)を含む制御ソフトウェア、推進装置であるモータートライバーなどを新たに開発し、試作機に搭載した。
NECが開発した空飛ぶクルマ
8月5日には、同社の我孫子事業所に新設された実験場で浮上実験に成功した。今後、実用化に向けて試作機の検証をさらに進めていく方針だが、空飛ぶクルマを製造して販売する計画はないという。あくまでもそれに搭載するソフトやシステムを販売していく。CEATECでこれだけ注目を浴びただけに残念に思う人は少なくないだろう。
NECの遠藤信博会長
NECが変わるきっかけに
NECと言えば、住友グループの名門企業で、1970年代後半から80年代に日本の産業界を引っ張ってきた。「C&C(Computer & Communication)」をスローガンに掲げ、日本のパソコン市場を引っ張ってきた。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだったといっても過言ではなかった。
ところが90年にスペースシャトルのような本社ビルを東京・三田に建設すると、状況が大きく変わっていった。頼みのパソコンが不振に陥り、半導体市場でも米国・韓国勢との競争激化で苦戦を強いられた。おまけに98年には防衛庁(現防衛省)調達における価格水増し疑惑が発覚し、企業イメージを損なうことになってしまった。
業績のほうも低迷を続け、不採算事業のリストラが相次ぎ、家電分野からも撤退。 以来ずっと低空飛行を続けており、いまや住友グループの名門を面影すら感じられなくなってしまった。社内も活気が感じられないという。
CEATECのNECのブース
子会社の中には「面白いアイデアや新しい企画を上げても“三田”がことごとくつぶす」との声もあり、NECは新しいことに挑戦する意識が薄れてしまったようだ。そうした中で出てきた今回の空飛ぶクルマは、NECが変わる契機になるかもしれない。説明員の一人は、「この空飛ぶクルマが起爆剤となって、イノベーションが起こり、次々に新しいものが出てきてほしい」と話す。
遠藤会長がパーティ会場で見せた笑顔の裏には、そんな新しいNECの姿があるのかもしれない。そして、別れ際に握手をしながら「これからのNECに期待してください」と力強く語った。NECが空飛ぶクルマのように急上昇して、再び輝きを取り戻せるのか、今後の動向は要注目だ。